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2016年8月 1日 (月)

メッセージ

神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた今回の出来事は私たちを深い悲しみの淵に落とし入れました。

犠牲になられた方々とそのご家族、一緒に今まで生活されてこられたご友人のことを思う時、お慰めの言葉さえ見出すことができません。 

その惨状は今までに経験したことのないものだったと現場に駆けつけた救急隊の方が言っています。
私はこのニュースを聞いて、ユダヤの王、ヘロデを思い出しました。ヘロデは平和の主イエスが誕生したという知らせを聞き、「ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」のでした(マタイによる福音書2章)。

その惨状は今回の園と同じだったかもしれませんし、子供を失った親の悲しみは如何ばかりだったでしょう。
なぜヘロデ王は幼子たちを一人残らず殺したのでしょうか。それは力のままに世を支配してきた彼が平和の主イエスが誕生すると、権力や武力の支配による世界ではなく、力のない者も悲しみを秘めた人も障害を持つ者も共に平和に暮らす世界が生れてしまうことへの怖れからだったのではないでしょうか。
 

私たち障害を持っている者は、ヘロデのように財力を持ち合わせません。それどころかイエスの周囲に集まった民衆のように貧しさの中にあります。また、今、社会の一線で働く人のように素早く行動することもできません。話すことが不自由なゆえに人々から遠ざけられることもあります。いつも助けを必要としている者でもあります。生産性を重んじ、力を誇る社会の人々とは遠くにいる存在の私たちです。

それだからこそ、私たちは時間を大切にし、ゆっくりと過す喜びを知っています。隣の人と顔を合わせて話すことの喜びを知っています。みんなで共にいることの喜びと楽しさを知っています。そして、私たちを助けて手を貸してくださる方がいる時、その人の顔に浮かぶよろこびの表情も知っているのです。

そのような私たちを神様は必要とされているのです。そこに存在するだけでいいんだよ、とおっしゃって誕生させてくださったのです。それはこの世を平和なところへと造り変える神様のご計画かもしれません。

もう力を誇ることをやめましょう。財力に頼ることを忘れましょう。競争に勝つことを目指す世界から抜け出ましょう。そうではなくて、隣に座る人の肩に手を置き、輪を作って歌い、顔を見つめ合って話をしましょう。

この新しい道を歩み出すことこそ「津久井やまゆり園」で失われた尊いいのちに報いることになるのではないでしょうか。

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