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2016年7月

2016年7月20日 (水)

一日の始まり

今日も暑くなりそうだ。熱中症を気にしながら水分をとったり、梅干しをかじったりしながらまた一日を過すことになるだろう。
起きた時は若者はそれぞれの勤務先にでかけた後だった。いや、目覚めてはいたのだが、衣服を整えるのに1時間はかかるから居間にわたしが入るのがこうして遅くなるのである。

用意されているコーヒー、サンドイッチ、乳製品で朝食を摂る。
その後、新聞を社会面から読む。スポーツ欄では地元の高校の戦績を確認。本庄早稲田高校がまだ残っていた。
楽しみにしているのは「春に散る」という小説。これは先日来た旧友も毎日読んでいると言っていたので、今朝も彼と同じものを読んでいると考えるだけでも嬉しい。
声欄には自民党が教育の中立性調査とかの名目で「中立性」を逸脱していると思われる事例を生徒や父兄に連絡するようにとホームページに掲載したことへの批判が載っていた。これは密告奨励であるいう。まさにその通りである。こうして投稿をする方がいることは心強い。
そうこうしているうちに、昼飯が心配になってきた。セブンミールにも頼んでいないし、どうしたものだろう。最近、昼近くなると疲れが出て、準備をする意欲が出ない。
そこで、今のうちにスパゲッティを茹でておこうと意を決した。そのためのレンジ用の容器も買ってある。
膝にお湯をこぼすと大やけどを負うので、ビニール製のエプロンを掛ける。そして、容器にスパゲッティと水を入れ、レンジにかけた。結果、時間をかけ過ぎたと見えて、柔らかすぎる仕上がりになったが、後は昼前にこれも買ってあるソースを温めて混ぜるだけである。

この作業に入る前、NHKBSでMLBの中継を見ようとしてオンにしたところ、受信契約を確認するメッセージが出てきた。先日も同様のメッセージが出て、NHKに連絡し、消去したばかりである。
再び電話する。係の女性は親切に応対し、幾つかのこちら側の条件を確認した後、今後は表示されないでしょう、もしも出た場合にはテレビ側の不具合も考えられるのでその際はメーカーに問い合わせるようにと、その電話番号を教えてくれた。

これで解決なら嬉しい。私の体は医師にあれこれ症状を訴えても、なかなか改善されない不具合ばかりである。テレビの場合と同様、問題解決がなされないものかと思いつつ、書斎に入って、今、こんなことを書いている。

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2016年7月13日 (水)

2016年度全国キリスト教障害者団体協議会総会 開会挨拶

 皆様 こんにちは

 私たちが今回、3度目の信州訪問を許されて今ここにこうして集うことができましたことを心から感謝致します。 

 前回の訪問は2006年度総会を7月3日・4日ウエルサンピア松本で持ったときでした。 

そのプログラムの中の証では3人の信仰が証しされましたが、そのお一人に三村武さんがおられたということを私は横井様から送っていただいたこの記念誌「シャローム ここも神の御国なれば」で確認させていただきました。 

 三村さんは「<全国キリスト教障害者団体協議会>の全国大会に当リメッセージ」というメッセージを送ってくださったのですが、その冒頭「母が高齢のためになるべく夜の運転は避けているので、この大会には出席できませんが、大会のご成功を神様にお祈りしています。こうして全国の敬愛する皆様方とご一緒に主イエス・キリストのみ名を賛美できることを深く感謝します。」と私たちに語りかけてくださいました。

 そして、その最後にはこの30年間父の死や様々なことがありましたが、絶えず神様により生かされ・愛され・守られたこと、また多くの信仰の兄弟姉妹方を知り得たことを感謝しています。今は「ささらの里」という障害者施設で、ほかの利用者と共に楽しく暮らしています。それでは皆様方の御健康とご活躍、また今後の<キ障協>のお働きのうえに神様の豊かなご祝福がありますようにお祈りしています。」と祈ってくださったのでした。
 

 この三村さんは記念誌によりますと、2014年3月26日神様の許へ帰られたとのことです。そしてこの記念誌が発行されたのですが、柳谷先生を前にして恐縮ですが先生は巻頭言の中でこう書かれておられます。

 「若い時にはお父様が連れてこられ、教会員の何人かが、まだエレベータのなかった礼拝堂に武さんを車椅子ごと運び入れ、礼拝堂のいちばん前で礼拝を守られました。その姿によって、教会は小さくされた者と共に生きる大切さや人生の意味を学んできたと思います。
 この数年間は寝たきりの状態になり、問安や聖書などの朗読ボランティアなどで交わりが与えられましたが、奉仕者にも大きな恵みが示されました。お会いした時の笑顔は忘れることができません。わたしたちは個人を讃えるためではなく、武さんの信仰の足跡によって、教会に示されたこの恵みを記憶し、その証を分かち合いたいとぃう思いから、記念文集の発行を企画いたしました。」
 

 私は今回の総会へのお招きの中で、信州なずなの会会長の北原さんが機関誌「信州なずなの会」36号で述べておられるこんな一節を引用させてもらいました。北原学人さんは「信州なずなの会は障害者団体としてではなく、障害者と健常者が共に、キリストに在って愛し、支えあいながら生きる共同体をめざして活動してきています」と書いていたのです。
 

 弱さが用いられて新しい信仰共同体ができる、強いものが弱い者を助け、援助し強いものの仲間に取り入れるのではなく、弱さがそのまま新しい世界を造り出していく、そこには弱さの肯定があります。主イエスが十字架という弱さの極みにまで落ちてくださり、そこから救いの新しい世界が誕生したことを思い、私たちは今回また私たちに与えられている主にある恵と求められている働きを確認しましょう。
 

 最後になりましたが、今お話した世界を求め、その恵に与っているこの信州で、総会の準備をしてくださった信州なずなの会の皆様、会場を提供し様々なご奉仕をしてくださる松本教会の柳谷先生始め会員の皆様、主題講演の堀越先生、その他関係の皆様方に心からのお礼を申し上げて、開会の挨拶とさせていただきます。

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2016年7月 7日 (木)

朋有来遠方 2

最近友としげく連絡を取り合うようになったのはクラスメートの死なども関係している。
私たちは6人ほどの集団を作って学生時代を送ったのだが、その一人M君は昨年ガンで亡くなった。今回の思い出話の中心にはそのM君がいたことは言うまでもない。
私が幾度となくM君のお連れ合いと手紙のやり取りをしたことを話し、友はMの故郷城崎温泉近くの家まで訪ねた学生時代の想い出を紹介してくれた。そこで稲刈りをしたのだそうだ。ついでに言うと、友は友人の故郷を他にも訪れたそうで、もちろん私の実家にも来てくれたのだが、徳島市までも行ったとのことだった。それだけ多くの仲間たちに愛された友なのだろう。学友の中にはもう一人親交を持った男がいたが、彼は今認知症をもっていて、交流ができないでいる。

この集団で昼時になると大学周辺の食堂や蕎麦屋を巡り歩いたことなどを語っているうちに時間はいつの間にか夕方近くになっていた。

来る時は降っていなかった空からは細い雨が落ち始めた中、じゃ、元気でな、と友独特の少し枯れた声で言い残して友は傘を拡げ、背を伸ばして、振り返りながら去って行った。
何時か訪ねてくれた私の実家の脇の道を通って駅まで行くという。

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2016年7月 1日 (金)

友遠方より来る

浅い青の帽子を被って友は姿を現した。学生時代の運動の得意な体型をどこかに宿しながら、もう老人になった友はゆっくり歩いて近づいてきた。
私は部屋で待ちきれず、車いすを道まで出して待っていたのである。

玄関に入って彼の手を握る時、涙を禁じるのに努力が必要であった。
前日私は体調を崩していた。血圧が100から140ほどまで上がり、頭が重い。急遽、いつもの介護タクシーをお願いし病院に行った。
半日の検査や処置を終えてなんとか平静を保ったので友を迎える準備はそのままに置くことにした。それは特上の寿司を予約してあったということである。寿司を昼にいただきながら昔話を肴にビールを飲もうと友と約束してあったのだ。

彼は横浜の崎陽軒のシュウマイ、ココア、大和芋焼酎、北海道の小豆を使ったどら焼き、その他を次々と袋から取り出した。
冷蔵庫に冷やしてあったビールで先ず喉を潤しながら今朝早々届いていた寿司をつまむことにした。お互いの家庭の状況を交換しながら、樽の中の寿司を1つずつ減らしていったのだが、話は恩師のことから、仲間たちの下宿のこと、家庭教師で学費をまかなっていたこと、今体に抱えている困難などと拡散していった。

その中で、大学入試の初日、私が会場になっているK大学附属中学校の木造校舎の階段を松葉杖で上っている時、お手伝いしようか、と声をかけてくれたのが彼であったことも出た。入試から始まった交わりはこうして60年近くも続いているのだった。(続く)

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