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2016年3月 2日 (水)

句集を作りたいという女性

29日だった。いつもの元気な声で「お元気ですか。」と携帯に電話が入った。我が家でやっている句会の仲間のSさんからだ。その前の日が暖かく衣服の調整に悩むような日だったので私も油断したためか、夕方には背中にゾクゾクしたものを感じたのだったが、Sさんも喉の調子が少しおかしいんです、などとしばらく話しているうちに、「あのー、お願いがあるんですけど」とSさんらしからぬトーンに声が変わった。
「いつかHさん(私)がおっしゃっていたことがありましたね。個人の句集のこと。あれ、私が生きている間にお願いできるかしら?」。「費用はもちろんお支払いしますし、お礼も出します」。
私は即座に「ええ、いいですよ。今、ちょっとした書き物をやっていますから、その後にでも作りましょう。句会で披露してくれた作品だけでなく、Sさんがもう一箇所でやっている会での俳句も載せましょう。」とお応えして、その日は終わった。
 
日が経つにつれ、私の中にはある喜びが湧いてきていた。自分の作品をまとめたいという方がおられる。自分の姿を留めたいと願っている女性がいる。生きた証しをしたいと望んでいる一人の人がいる。
それが新潟の自然豊かな山村の、しかし、そう豊かではない家に育って、両親や兄弟たちと懸命に生きて来た、私と同世代のおばさんである。
 
彼女の俳句にはもちろん花鳥風月を詠んだものもあるのだが、時々、苦労して育った家庭の家族が顔を覗かせているし、また、そういう生活背景を持っているためか、今子どもや孫達と幸せに過すことへの喜びを詠った作品が多いのだ。
また、彼女は共産党関係の方からの署名運動を依頼されて、それを句会に持参することもある。普段は心底明るい人柄の彼女の根底には戦後の厳しい時代を生きた魂が宿っているのだろう。
 
私は29日、Sさんにはしばらく先になるようなお返事をしたのだが、実は昨日は午後の多くの時間を使って、もうこの5年間の作品を並び終えている。
○○句集などという名前を付した題名ではなく、うまい題を考えてもらって、私が後書きを書くことをお許しいただいてなるべく早い時期に完成させたいものである。

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