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2016年2月22日 (月)

テレビの角度

50インチの大型テレビが少し居間の中央向きに角度を変えている。息子が出かけにやったものだ。
私は車いすのままで生活をしているので一段高くなっているフロアーには上がらない。食卓には脇から近づいて、表面の台をすこしずらして食べる。そうするとテレビの正面ではなく脇に位置することになるのである。
昼間私一人になったとき正面には誰も居ないから、私が見やすいようにとそうやって角度をつけておいてくれるのだろう。

あまり会話の好きな息子ではない。男と男の会話ではごく限られたことしか話題にならないのだ。
それだからといって私のことを全く意に介していないかというとそうでもない。私は息子が出かけた後に起きてくるのだが、居間に行く途中書斎の前を通るとカーテンは開てくれてあるし、机の脇にある加湿器には水が入っている。これを見るだけで朝のこころが和むのを覚えるのである。
振り返って、私自身親父と会話を持ったかと問うと否と答えざるを得ない。そればかりでなく老いた親父を喜ばすようなこともしなかったと記憶する。
妻が逝ってから私の脇から会話が去っていってしまったが、その中で、カーテンを開てくれたり、テレビの角度を変えてくれるという小さな心遣いに私は小さな灯を見つけて過ごしているのである。
付け加えれば、妻の遺影の前の花瓶には新しい草花が土曜日ごとに変えられて挿されている。今は黄色のチューリップ。

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