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2016年1月

2016年1月21日 (木)

日の出前

現在5時。4時に腰の痛みで目覚めて、以後眠れない。気づくと足が
大根のように冷たい。エアコンの温度を上げて寝ようと試みたがダメである。例の如くあれこれ思い巡らすうちに寝るのをあきらめてこんなことを始めた。
何を考えていたか。死は人生、いやいのちの山小屋のようなものだろうということ。一度荷を下ろして、休み、神様のところへ再出発というわけである。その山小屋が近くなっていることは希望でもあろう 。
もう1つ。昨日は雪の中病院に行った。診察が終わるとひどい疲れを覚えて甘いものが欲しくなった。売店でチョコレートを探したがない。
ふと森永キャラメルが目についた。懐かしいデザインに安堵しながら、滋養強壮なる文字にこころ引かれたのだった。
滋養が十分でない時代を生きて、今こうして生きている私である。

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2016年1月12日 (火)

神様の手

 朝、聖書に学ぶ一時、今朝も篠崎キリスト教会のホームページからイザヤ書に聞いた。

 35章はかつてバビロン捕囚にあったイスラエルの人々がその苦しみから解放されて故郷に帰る喜びの道筋を伝えている。

「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ/砂漠よ、喜び、花を咲かせよ/野ばらの花を一面に咲かせよ。花を咲かせ/大いに喜んで、声をあげよ。砂漠はレバノンの栄光を与えられ/カルメルとシャロンの輝きに飾られる。人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。弱った手に力を込め/よろめく膝を強くせよ。心おののく人々に言え。「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」そのとき、見えない人の目が開き/聞こえない人の耳が開く。そのとき/歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。荒れ野に水が湧きいで/荒れ地に川が流れる。」

 バビロンからエルサレムまでは900㌔あり、その間には荒涼たる砂漠が広がっていた。身体の弱い人、足腰の衰えた老人は帰れないのではないかという不安があった。しかし、主は彼らの足を強くした、とホームページでは希望のメッセージを伝えている。

 神様の与えられた苦しみを神様は忘れることはない。その苦しみの中で神様につながっていると、やがて解放と癒しの時が用意されるのだ。ここに私たちの希望がある。今朝も神様とともにありたい。

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2016年1月 8日 (金)

新年の祈り

神様、あなたの聖名を賛美いたします。

私たちはこの新しい年の朝、こうしてあなたによって兄弟姉妹、顔を合わせてあなたの御前に集わしめられました。

今朝も皆でこの礼拝の時を祝福の時として過すことができますように。

新しい年を与えられて私たちはあなたに新しい祈りを捧げます。

どうぞ神様、今年も一人ひとりがあなたに向けて小さな奉仕をお捧げすることができますように。

私たちの一つ一つの業は取るに足らない少しの、小さなものですが、あなたはガリラヤの荒野で5千人の人々に豊かに食べ物をお与えになったことを知っています。

誰かが差し出したパン5切れと2匹の魚をあなたは大きく、豊かなものとされ、5千人の人々を養われました。

どうぞ、今年私たちのパンの一切れにも足らない奉仕を教会の兄弟姉妹、またあなたを知らない人々のためにお用いくださいますように。

私たちはそのあなたの愛の業を心から信じて教会に仕えることができますように。

 私たちはこれからあなたの御心に聞こうとしていますが、ここにおられない友にもあなたが臨んで、その心に、体に同じ言葉を届けて下さい。

 御言葉を取り次ぐ先生に力をお与えください。

 この祈りを私たちの贖い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

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2016年1月 2日 (土)

正月の一日

久方ぶりに子どもたち全員が揃った正月になった。

娘夫婦が先ずやって来た。先日免許を取ったばかりだという41歳の娘はアウディの高級車を安全な地帯だけ夫に代わってハンドルを握ったとか言って書斎のドアを開けた。
 
続いて来たのは三男だった。この子だけは大学を失敗してそのまま就職したのだが現在K区役所の戸籍係でマイナンバー登録の業務が忙しいとのこと。一緒に来た娘は昨年の4月から警視庁の婦人警官の研修所に詰めっきりになっているし、長男はこの4月からS市の職員として勤務するという。
 
夕食前になって入ってきたのが次男だった。その連れ合いは着くやいなやかすかに膨らんだお腹をうれしそうに見せてくれた。5月には子どもが誕生するそうだ。
 
この三兄弟姉妹を迎えたのは今私と生活を共にしている長男夫婦。昨日から買い出しを忙しくして準備に暇がなかった。
お雑煮が美味しいと長女が言った時、長男は出汁にこったからね、と自慢そうに答えたのが印象的であった。
 
かつては喧嘩仲間だった(特に三男は上の二人には押さえつけられっぱなしだったが)子どもたちが、おせち料理をつまみ、長男が冷蔵庫から取り出して渡すビールを飲み、それぞれの子どもの近況を紹介しあうそんな姿を見て、彼らの底に流れる温かな、確かなものが我が家にはあるような思いに私はとらわれていた。
 
長男の子どもはサッカー選手とテニス選手を目指して今高校と大学でその業を磨いている最中であるが、この孫達を含めてどんな関係でそれぞれの家庭が結び合っていくのであろうか。

今朝もよい天気である。妻の遺影の前にはカーネーションと菊が飾ってある。私はそれを写真に収めながら、一緒に子どもや孫達の仲間に加われればよかったね、と話しかけていた。

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