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2015年11月 9日 (月)

蟷螂

新聞を取ってきた息子が「カマキリが自転車にいたよ」と言った。
昨日のカマキリに違いなかった。

昼飯を食べようとして居間に入った私は首筋に異変を感じていた。何か触っているようである。回らない首をひねってみるとなんとそこにはカマキリが乗っているではないか。緑色をした5センチ位上もある大きなカマキリである。
これが外で葉の上にでもいたら私は避けて通るであろう。あの尖った顔と突出した目。襲いかかるためにあるような前足。憎まれ、恐れられて当然と思える姿である。

だが今それを首筋に見た時私はそんな恐怖感は全く持っていなかった。なんとか捕まえなくてはならないとそれに必死であった。

自由が効かない私の手は思うに任せなかった。しかたなく新聞紙を丸めて払いのけようとした。すると首の辺りから姿が消えたようであった。背中に回ったのかも知れなかった。
洗面所に行き、後ろ向きになって鏡に映してみた。だが、彼の姿はなかった。

居間に帰りふと見上げるとなんと彼は入口に掛けてある暖簾に止まっているではないか。新聞紙で払った時義経よろしく飛び乗ったのであろう。
細い手脚を拡げて、空虚な出で立ちでチョコンといる。見ると、前脚の鎌のところが欠けていた。
思えば彼の顔だって彼が生きていくうえで都合のように与えられたものだろうし、目も虫などを素早く捉えるためにあの形になっているのかもしれない。誰に助けられて生きているわけでもなく、自らが鎌で捕らえて生き延びているのだ。
その鎌が今欠けてこれからどうするのだろう、ふと私はそんなことを思っていた。
だがである。かれにはもう首筋に止まってほしくはないのだ。なんとか捕まえなくてはならない。

辺りを見回すと床を掃除する用具、クイックルワイパーが目に入った。これなら私の力で天井まで伸ばすことができる。
私はそれを彼の近づけ、「ほら、移って」と言いながら彼の動作を見守った。すると、彼はためらいなく、そろそろと床を擦る際にシートを巻きつける平たいところに乗ってきたのだった。
私は降りないでよ、と願いながらワイパーを持って玄関ドアを開けた。そとは明るい秋の日だった。入口の壁にワイパーの先端を着けると彼はまたおとなしくそっちに体を移動させてくれた。

そして今朝。もうてっきりどこか草むらにでも入って野生の姿で生きていると思っていたカマキリがまだ我が家の中に留まって、ポスト脇に置いた自転車に乗っていたわけであった。

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