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2015年10月

2015年10月26日 (月)

隠れたビール

書斎の抽斗の中に一本のビールが隠れている。麦の色をした缶には恵比寿様のデザインが施され、Premium YEBISU ALLMALTBEERと書かれている。

もちろんビールが勝手にここに入り込んだわけでなく、私が隠したものだ。


 
勤めをしていた若い時代には風呂あがりに大きな瓶のビールを一本ぐらいは開けていたものだが、肝臓を患ってからはあまり飲まなくなった。
 
今もほとんど飲むことをしない。だからビールを買うことなどするはずがない。

では、このビールはどこから来たかというと新聞を契約した際の景品なのである。A新聞はY新聞と違ってあまり大げさな景品を出さないのだが、それでも6ヶ月の契約をすると18本程は付いてくるのである。

 
そんな時、私は若い者が好きな第三のビールなるものを頼むのだが、3分の1は私のためにモルツビールをください、とお願いしている。

この隠されたビールもその一本なのである。

 
では、なぜ抽斗の中などに隠して置くか。

いや、隠すなどというと語弊があるから分けて置くと言い換えようか。それはともかくとして、我が家の若い者はそれはそれはアルコールが好きなのである。勤めから帰って、庭の菜園の手入れをしながら缶を干しているし、風呂にも持って入る。

夕食前とその最中にも必ずと言っていい程アルコールを嗜んでいる。最近はビールは高値なのか、あるいは嗜好がそうなのか知らないが、いわゆる第三のビール類を飲むことが多くなった。長男の方は焼酎を長めのグラスに何かは分からんが、他の液体で割って満足そうに嗜んでいる。

 
そうやって自分の持ち分の範囲内で楽しんでいてくれれば文句はない。だが、これは私にもよく分かるのだが、何らかの事情でアルコールが家にない時、人は自分の要求に忠実になって他の人のことを忘れてしまうのだ。つまり、私用にと新聞屋さんが来た時取り分けて置いたモルツビールを一本ずつ侵食し始めるのである。

 
一人家にいる私は昼食は自分で準備をする。冷蔵庫を開け、冷凍モノを取り出して、レンジでチンして昼を済ませる事が多い。その時、ビールが穏やかに収まっていると、いつ飲もうかと思いつつ私はまたドアを閉める。

そんな事情を知らないのか、そのビールが若者たちの都合でいつの間にか消えていくのが我が家の空気なのである。

それでも特段不満があるわけでもないのだが、一人内緒に気分転換をしたい時、期待してドアを開けてビールが姿を消していたとき失望感、孤独感が私を囲むのも事実である。

 
もうご理解いただけたことだろう。

 隠された、いや分けられたビールが抽斗の中にある次第はこんなことであった。

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2015年10月21日 (水)

老いるということ

先日踵の傷の経過を診てもらうためにF病院に行った。近くのお爺ちゃん医師はあまり説明をしてくれないし、また点滴を勧められる心配があって病院を変えたのだ。
再診した医師は、このままでもういいでしょう、浮腫がある足は切りたくないし、ほぼ治っていますから工夫をしながら生活してください、と治療の終了を告げたのだった。

すこし心が軽くなって迎えの車を待つ間、病院の玄関脇の日あたりのいいところで来院する人たちを観察していた。
田舎の病院故、電車の便が悪いから車でやってくる人が多い。車が止まりドアが開くとそれぞれに運転手に一言交わし院内に消えていく。
そうした景色の中で、老夫婦同士でやってくる姿に私は人の優しさと厳しさを感じないわけにはいかなかった。
長い間畑に出たであろう少し腰の曲がった男性が表情の乏しい、一直線に前だけを見詰める女性を支えながら小さい歩幅で玄関に向かって歩く。苦しさを訴えるわけでもなく、不安を表すでもなく、二人は黙って歩いていた。
私と同様、子どももいるであろうし、助け手もないわけではないだろう。だが、今二人は長い間培ってきた二人の絆を大事にしてそうして二人で歩いているに違いないのだ。
認知能力に衰えを持つようになっても夫に寄り添われ通院しているのかも知れないこの二人の姿に私は感動を禁じ得なかった。

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2015年10月 2日 (金)

おじいちゃん医師

「どこか大変なところはない?」
医師からこんなことを聞かれることは珍しい。大方の医師は患者の訴えをパソコンを相手にしながら聞き、検査データを頼りに病状を説明するだけである。このおじいちゃん医師は主訴以外に患者の生活に関心を向けたのだった。

「浮腫がひどくて毎日の動作が大変です」
こう答えると
「点滴をして行きなさい。10分で終わるから」と背中の曲がった年寄りの医師は言った。
「利尿剤を使っているんですが」と私。
「利尿剤では治らないよ」
そう言われるままに私は点滴を受けることにした。長年浮腫では悩まされてきたし、利尿剤でも完治しない。また、浮腫の原因を考えれば、歩行ができないこと、肝臓障害があることその他特定できない原因もあるだろう。そんな諸条件を聞かずして、点滴を勧める医師に多少の不信感を感じないわけではないが、今、他に為す術がないのだから、そして点滴をしたことで悪影響があるわけでもないだろう、そう判断したのだ。
点滴液は濃い黄色をして小さな袋に入って例の移動式の支柱に吊るされて落ち始めた。
「先生、これはなんという点滴液ですか?」
「アリナミン、知ってるだろう。アリナミンがいっぱい入っているから体がシャンとするよ。腎臓がよくなるから浮腫も取れるんだよ」
医師は私の質問とは関係ないことを言いながら他の患者の処置に走った。

この小さな病院に行くきっかけは踵にかすかに傷ができたからだった。もう2か月にもなるのだが悪化すわけでもなく消えるわけでもなかった。玄関を入ると直ぐに待合室といった狭さで、その上車いす用のスロープがあるのだが、その先端が角になっていて電動車いすがつっかえて上手く上れない。看護師さんが2,3人で前輪を持ち上げる始末である。
だが、どこか親しみのある病院である。診療カードを作るでもなく、長い問診をするのでもない。老医師の長年の経験の勘とも言うべき判断で治療しているように見える。人の触れ合いがある感じがするのである。

今日は入浴介助のある日。先日風呂はまだやめておきなさいと言われて抜いてしまったので今日はぜひ入りたい。通院は中止。

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