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2015年7月

2015年7月26日 (日)

祈り

私たちの造り主なる天の父なる神様。この聖日の朝、一週間の旅路を終え、再びあなたの下に教会の友とご一緒に集うことが許されましたことを心から感謝致します。

この夏の暑さの中、気も心も萎えがちになりますが、その弱い私たちをこうして励まし、勇気づけて導き出してくださったあなたの御心に感謝して今日の礼拝の時を過ごさせてください。
 
神様、私たちは沢山の困難や悩みを抱えています。社会的には他国を信頼せず、軍備を増強して自らの力で生き残ろうとする政治の姿、また一人ひとりには衰えいく体や家庭での重荷、絶望感などがあります。
 
神様。今、この世界とそこに生きる私たちをかえりみてください。
 
あなたは絶望の中にある民をその絶望を用いてあなたに立ち返らせ、滅びようとする国をあなたを仰ぐ民の国に変えて下さったことを私たちは知っております。
 
そのあなたを信じ、希望を持って生きることができますようにと祈ります。
 私たちはこれから力のメッセージを聞こうとしていますが、ここにおられない友にもあなたが臨んで、その心に、体に喜びをお与え下さい。
 これからあなたのメッセージを証しする先生に力が与えられますように。
 この祈り、感謝、願いを私たちの贖い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

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2015年7月22日 (水)

そのまま寝る

朝晩の着替えは体に大きな負担を課す。気力の出ない状態でのそれは長時間かけてもきつい作業である。
昨夜は初めて着替えずに寝た。掛け布団の必要のない今だからできることだが、体の上にタオルを乗せてそのまま眠りに落ちたのだった。ズボンの前を開け、シャツのボタンを外し、楽な姿勢を整えての後である。
その御蔭で今朝の作業は大幅に短縮。

最近時々思う。もう私のこの世での生活は終わってもいいのではないかと。歪んだ体は姿勢を保持するにはあまりにきつく、日常生活動作は苦のみを伴う。

一方、私は神に生かされているということも知っている。神の世界の中に座をいただいてその一画を任されているとも思う。
マタイによる福音書6:31。「 だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。6:32 それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。」

出来ることは自分で行う、それ以上のことは養われる父に委ねる。それがキリスト者の生き方である、篠崎キリスト教会の牧師のこの言葉に同意して、今日も過す。

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2015年7月14日 (火)

友からの手紙 からだとの対話を読んで

対話と言うよりは闘っているように感じました。身体と対話を続ける様子がよくわかります。
私たちはすべてを受け入れて生きなければなりません。いいことも悪いことも感謝をもって喜びも悲しみも常に神様から与えられたものです。

昨年入院して1年になります。どうなるとか思いましたが貴兄のメールで、そして俳句作りなどで痛みを乗り越えることができました。

一昨日は礼拝にタクシーで行ってきました。私の原点はここにあるのだと再確認して頭をタクシーにぶっつけながら帰りました。
22日にはコスモスの会の役員会です。できる限りの活動を続けるつもりです。。
キ障協総会は収穫の多い総会でした。牛込教会の若い牧師夫妻に会えたことも感謝でした。私が教会礼拝の大切さを教えられた教会でもあります。
すべてが益となって働いている神様に感謝しています。

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キ障協総会歓迎挨拶

皆様、こんにちは。
今年もまたこうして共に集うことができましたことをご一緒に喜びたいと存じます。
私たちキ障協加盟団体のどの団体でも今遭遇している事実でありますが、メンバーが年齢を増し、障害が重くなり、共に出会うことが難しくなってきております。

事実、今回も当初は参加を予定しておられた方の中にも、それを見送った方が多くおられます。
そういう状況の中で、私たちがこうして集うことを許されたことを先ず、皆様と共にこころから喜びたいのであります。

神様は人をつくられた時、「人は独りでいるのは良くない」(創世記2:18)とおっしゃったと聖書にはあります。
神様はいつも羊を養うように私たちを群れとして愛してくださっているのだと私は考えています。
この二日間、普段は散らされている者が、ひとつの聖霊に結ばれて、ひとつのパンを分け合い、それに与り、新たにされるものしての交わりを持ちたいと願っております。

最後に、この恵みの時を準備してくださったアーモンドの会の皆様、お忙しい中ご参加くださった関東教区の飯塚先生、主題講演のご奉仕をしてくださる石丸先生に感謝して、皆様の歓迎の御挨拶といたします。

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2015年7月 2日 (木)

からだとの対話

からだが呼んでいる。
「ご主人様、目をお覚ましください」。
その遠慮がちな声に私は答える。

「わかっているよ。疲れたのだろうね。ところで、今、何時だね?」
「3時でございます。」
「ああそうか。4時間も寝かせてくれたのだね。」
 
私は灯りを点け、電動ベッドの頭を上げ、パジャマの裾に捉まってからだを起こす。そして、半折にして布団に伏す。
そこには短い足の指が覗いている。「お前の浮腫はどうかな?」と言いつつそっと撫でてやる。3時の指は未だ赤ん坊の指のように丸まり、膨らみを持っていた。

からだが言う。
「少し横はお向きになられませんか?そうしたら私の腰が楽になりますが・・・。」
「やってみようかね。」
私はベッドの端を掴もうと意図するが右手が云うことを聞いてくれない。からだに這わせるようにしてようやく手をベッドの左まで回し掴む。そして、左向きの姿勢を取る。
「きついようでございますね。」と体が言う。「どうぞ、元の姿勢にお戻りください。」
「ありがとう。そうするね。」
 
こうして3時の対話は終わった。私は立つことがない故に柔らかく、柔和とも言える感触の大腿部外側の肌に触れながら再び眠りについた。

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