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2015年6月17日 (水)

認知症の友を訪ねたK君へ

夏の朝が始まりました。
 
家人が出かけ、一人で朝ドラを見ながら朝食。納豆をご飯にかけ、オクラを混ぜながら、若者が賑やかに動きまわる画面を見るともなく見ているうちに茶碗は空になっていました。  
 食後にはなるべく利尿剤を服用中することにしています。効果の程は疑問もあるのですが服用しないと、より一層下肢の浮腫が増すように感じますので。ただ、面倒なのは利尿剤を用いると極端にトイレの回数が増し、浮腫む足を動かす手に負担がかかり、胸、肩、上腕の痛みが増えることです。
 
未だ効いてきていませんのでそれまでに返事を書こうとしてこうしてパソコンに向かっているわけです。
 
ざっくばらんに現状報告をすれば、ここに来る前には尿瓶の片付けもしました。夜、車椅子に乗り降りし、トイレに行くことは大きな負担になりますので、一人になってからはずっと尿瓶の世話になっています。
 
でも、動かない体で電動ベッドの位置を換えながらオシッコをしていると下着を濡らすこともよくあります。そんな時、朝、洗濯機が空っぽになっていれば放り込んでスイッチを押すのですが、今日は若い者が衣類を入れたまま出かけましたので、パンツは洗面器に漬け置きしてきました。後ですすいで窓から手をのばして干します。
 
今朝も4時頃かな、腰の痛みがありもう目覚めていたのですが、時々ウトウトし、7時過ぎから、この体を相手に衣服の着脱を30分ほどやったのでした。だから、こうして食事を終え、パソコンに向かえるのは大仕事を終えた結果でもあるのです。
 
 
こんな手紙を書く訳は、君がS君を訪ねて、彼の現状をお知らせ下さった故です。人間、それぞれ置かれた状況は違いますが、その中で皆生きていかねばならないと今朝はまた痛切に思わされました。
 
 
それにしても大阪から浜松まで遠路お訪ねになりましたね。アルツハイマー病の奥さんを愛情深く世話している昔の同僚もいますが、今回は君の友情に深い感銘を受けました。一向に理解してくれない友の脇に寄り添い、数時間声をかけ続けるその姿を思い描き、よくやってくれたなあと頭が下がります。横に座っている君に向かって「そういや学生時代にそんな名前の者がいたような気がする」と言ったとのこと。
 
大学時代、ひょうひょうと受け答えしていたS君、そのままの彼がただ理解力を失って丈夫な体で隣に居たのですね。
 
帰りの新幹線の中でぐったりきた、という一文に私も切ない思いがこみ上げて来ました。

(トイレ休憩)

 
今日も彼は迎えに来る自動車に乗ってデイサービスにいつもの落ち着いた態度で出かけるでしょう。そして、君が訪ねた時奥さんが言っていたというように時には学生時代得意だったドイツ語の一文を口ずさむかもしれません。紛れも無く今、S君はそこにこうして生きているんです。彼は平安なのかもしれないね。

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