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2015年4月16日 (木)

不信の社会

「五日市警察の〇〇ですが・・・」と電話がかかってきたのは夜も遅くなってだった。「自転車が放置されていると住民から知らせがあり、調べたら御宅様の△△さんの自転車のようですがお心当たりはありませんか?」とその声の持ち主は続けた。
△△は紛れも無く内の孫娘である。しかも、彼女は自転車を武蔵境駅近くでテニスコートに行く手段に使っている。私はびっくりしてその警察官にその辺の事情を話し、では私からそちらに電話をかけるように孫に伝えますと告げた。
すると警察官は、番号を教えてくださればこちらから電話をします、と言うので私は孫の携帯の番号を教えてしまった。
だが、本当に良かったのだろうかと心配が募ってきた。
両親が帰宅した時、私はつい教えてしまったが本当に相手が警察官だったのかどうか確認をしなかったから△△ちゃんには十分注意して対応するように伝えてね、と念を押したのだった。
ところがである。両親は△△ちゃんが自転車を盗まれたことはもう知っていたのだった。だから、それが見つかったことを喜ぶ始末であった。私が警察官だと信じた根拠の一つである持ち主を割り出す能力さえ、彼らに言わせれば防犯登録してあるから電話番号など簡単に分かるのだと言う。

近く△△ちゃんは警察に自転車を引取に行くそうだ。

警察官と名乗る人を信じて事件に巻き込まれることが頻発する世の中、私の心配はあながち間違っていたとは言えまい。そう、自分に言い聞かせているのだが・・・。

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