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2015年4月21日 (火)

困難の中にある救い

エレミヤ書を日課として読んで6ヶ月になる。今日はエレミヤがエジプトで死ぬことが記されている43章。もうじきエレミヤ書も終わるところだ。
読んで来てつくづく思うのはいかに人間が人間の力に頼り、神の言葉を都合よく利用しようとしてきたかということである。
今日の箇所もユダの指導者たちがバビロニアの恐怖から逃れるためにエジプト行きを望み、エレミヤにその望み通りの預言を語って欲しかったにも拘らず、エレミヤがユダに留まるように告げたところ、彼を偽予言者と罵ったことを語っている。
結局この人々はエレミヤの言葉に聞かず、エジプトに行くのだが、攻め寄せたバビロニア軍に滅ぼされてしまう。
それに引き換え、バビロン虜囚にあった人たちは神のいることを信じ、神に希望を託して生きる中で、創世記等の書物を書き、やがてイエスの救いにつながっていったのだ。
神は困難の中に共にいたもうことを知らされたエレミヤ書研究であった。

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