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2015年2月

2015年2月22日 (日)

自分を知る

月曜日と木曜日の午後、もう何年かマッサージを受ける生活が続いている。車椅子に座りっきりで全く運動ができないし、おまけに脚が浮腫んで鉛のように重く、その脚を動かすのに手を使うから肩も腕も痛むからだ。

まず、床から一段高くなっているところに布団を敷いて、体を仰臥位にして横たわる。そうやって横になるだけでも普段味わえない安堵感が体を包む。
しかし、そのままでマッサージが始まるかといえばそうではない。先生は私の腰や腹部を持ち上げて、少しずらすのだ。するとその時、ああ、これが本来の姿なのだな、と私は直感する。体が喜んでいることからそう分かるのである。
どうも、私の体は曲がった姿を本来の姿だと誤学習してしまっているようである。上から見下ろすと、それは不自然に曲がっているのだろう。

自分の現実の姿がいつの間にか分からなくなっている。これは体に限らずいろいろな面で言えることかもしれない。

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2015年2月 6日 (金)

妻の匂い

高校3年生の孫娘が「じいちゃん、なにかアルバイトない?」と聞いてきた。高校でのなすべきことが全て終わり、その主なものはテニスなのだが、遠く本州の最東端の国から正月休みで帰省した折の言葉である。

今度は東京の大学でテニスをやることになり、そしてもう二月に入った現在では大学の練習に参加するので家にはいなくなってしまったのだが、正月の間は遊びにファッションにお金が欲しかったのだった。

甘えられることの少なくなった私は彼女の要求に喜んで応えることにした。それは7年前に亡くなった妻のタンスの整理をしてもらうことだった。納戸の奥深くそのタンスは妻が逝ったときのまま眠っていた。

テニスで鍛えた体は私の心配をよそに開けづらくなった引出しをいとも簡単に取り出し、妻が残した帯、晴れ着、礼服などを次々と私の前に積み上げてくれた。その多くは妻が何故、いつこんなものを用意したのか全く見当もつかないものだったが、中には若いころ正月など落ち着いた日に着ていた見慣れた着物もあった。

孫娘はお勝手から大きなゴミ袋を持ってきて、紐や襦袢などもうどう処理しよもないものを次々とその中に詰め込んでいった。そして、タンスは空っぽになったのだった。
いつか私の子供たちが集まった時にでも整理してもらおうと長い間宿題にしたままだった私の課題はこうしていとも簡単に済んだ。

納戸は寝室の奥にある。沢山の着物を寝室においたままにするわけにはいかない。とりあえず書斎の隅に運んでもらってアルバイト料を払うことにした。その報酬は5000円。これなら少女の願いに叶うだろう。

さて、その後の話。
妻の遺産をいつまでも眺めて、その匂いに浸っているわけにも行かない。あの勢力的に生きた彼女の面影をこの着物類に偲んで日を送ることはできないのだ。
処分先を調べると石川県にY徳という業者があることがわかった。梱包用の箱、テープなどを送ってくれ、送料も無料だという。見積ってその金額をこちらの指定した金融機関に振り込みますとのことだ。

これなら誰の手を煩わすことなくすべてが終わる。そう判断し、先週末に送ったところ、「生絹類が少なく値をつけられませんでした」とのメールが帰ってきた。そして、こちらで送料を負担すれば全て返品するとのこと。
私は「どうぞ貴社で処分をお願い申します」と返答した。

こうして私の下からまた一つ妻の匂いが消えていった。

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