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2015年1月14日 (水)

神に捨てられたと思う時

エレミヤは神の言葉を取り次いだ故に民から非難され、排斥され、苦しみに会う。預言どおり裁きが来れば、今度は「自分たちを呪ったからこうなった」と民はエレミヤを恨む。

こうして彼は前途に希望を失い、自分を否定し、神に裏切られたと神に絶望する。
15:17 わたしは笑い戯れる者と共に座って楽しむことなく/御手に捕らえられ、独りで座っていました。あなたはわたしを憤りで満たされました。
15:18 なぜ、わたしの痛みはやむことなく/わたしの傷は重くて、いえないのですか。あなたはわたしを裏切り/当てにならない流れのようになられました。

だが、この後神の言葉は反転する。
15:19 それに対して、主はこう言われた。「あなたが帰ろうとするなら/わたしのもとに帰らせ/わたしの前に立たせよう。もし、あなたが軽率に言葉を吐かず/熟慮して語るなら/わたしはあなたを、わたしの口とする。あなたが彼らの所に帰るのではない。彼らこそあなたのもとに帰るのだ。

ここを篠崎キリスト教会の川口牧師は「神に捨てられたと思う時、神は最も近くいてくださる」と説いている。

絶望の中に神はいたもう。十字架のイエスも神の御心に中にいたのだ。これは私たちの日常においても真実であろう。

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