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2014年12月11日 (木)

長崎の旅(3) 「沈黙」の評価

若松英輔氏に導かれて遠藤周作著「沈黙」を読むところまで来てしまった。そして、読了したのだがどうも後味が悪い。ロドリゴやキチジローを始めとする司祭・信者に襲いかかった弾圧、拷問には言葉を失うのだが、遠藤周作の信仰をどう理解したらいいのか、それがこの「沈黙」にいかに投影しているのかがわからないのだ。
今、ネットで得た「『沈黙』論」を若松氏のそれに併せて読んでいる。詳細は面倒だからここでは論じないが、いずれの「『沈黙』論」も執筆当時、遠藤周作が神の恩寵に如何に与っていたかには触れていない。
それはキリスト者でない研究者が神の愛を体験することなく、「沈黙」を単なる人間の文学として論じているからだろう。私は遠藤にもその雰囲気を感ぜざるを得ない。
イエスの十字架に生かされ、励ましをいただきながら生きる評論家の「『沈黙』論」を読みたいものだ。

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