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2014年12月 6日 (土)

涙よ、尊き涙よ

 おお、悲みよ。吾れ等にふりかかりし寂しさよ、今にして私はその意味を解き得たのである。おお、悲みよ、汝がなかったら、こうも私は妹を想わないであろう。愛を想い、生命を想わないであろう。悲みに於いて妹に逢い得るならば、せめても私は悲みを傍らに近く呼ぼう。悲みこそ愛の絆である。おお、死の悲哀よ、汝よりより強く生命の愛を吾に燃やすものが何処にあろう。悲みのみが悲しみを慰めてくれる。淋しさのみが淋しさを癒してくれる。涙よ,尊き涙よ、吾をして妹に再び逢わしむるものは御身の力である。(「妹の死」1921 柳宗悦)

 今朝出会いし慰めのことば。(若松英輔著「死者との対話」(2012 トランスビュー)53頁から)

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