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2014年11月 4日 (火)

カワウソ(獺)のように

獺祭純米大吟醸というお酒があるそうだ。通の人に好まれる高級酒らしい。

実はある人の誕生日祝に酒を贈ろうとして仲間に相談したらこの酒を勧められたのだ。名前を聞いて酒飲でない私だがすっかり興味を持ってしまった。
それは私が自分の人生を重ねて生きている明治の文豪正岡子規の雅号(ペンネーム)の一つが獺祭書屋主人だからだ。子規は数え切れないほどの雅号をもっているのだが、この名前は気に入っていたらしい。

カワウソは魚を捕まえてもすぐには食べずに目の前に並べて眺めていたという。それは魚を先祖に捧げて祭をするようにも見えたようだ。犠牲を捧げる旧約の礼拝にも似ている。

正岡子規はカリエスで体が全く動かなくなり沢山の文学資料を布団の回りに並べ毎日を過ごしたに違いない。それは魚を眺めるカワウソの姿でもある。そんなことからこの雅号を好んだのかなと私は勝手に考えている。

子規を私が自分に同一視するには他にもわけがある。
子規は多くの仲間から慕われ、愛されて日々を送った。動けない故に仲間たちが彼の枕元にやって来ては文学談議に時を費やしたのだ。そんな時トイレに行きたくなると布団の上ではやらずに仲間に頼んでは便所まで運んでもらった。
また、仲間の一人が帰ろうとすると、お前が帰るとそこからっぽになると寂しがったのだった。
もう一つ。それは妹律のことだ。子規はけっして律を褒めたり、労ったりしないで律に頼りきった。包帯の交換はおろか、体から吹き出す膿を呻きながら律に手当してもらったのだ。律がいないと生きられないと内心思いつつ妹にはきつい彼であった。

こうした姿は私の友人や妻のそれに重なる。

話がそれたが、獺祭書屋主人なる正岡子規は私にとってこんな人である。

今回のプレゼントの酒が獺祭純米大吟醸とは嬉しい話である。

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