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2014年11月 9日 (日)

祈りは聞かれる

今日の聖書箇所はルカによる福音書18章1節から8節。
18:1 イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。
18:2 「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。
18:3 ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。
18:4 裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。
18:5 しかし、あのやもめは、うるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやって来て、わたしをさんざんな目に遭わすにちがいない。』」
18:6 それから、主は言われた。「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。
18:7 まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。
18:8 言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。」

説教を聞きながら私はある友のことを思い出していた。リュウマチで10年間もの間自分の頭の蝿さえ追えず、寝たきりで天井を眺めて暮らした友である。
彼のところにあるクリスチャンの友達がそれは頻繁に訪ねてきて聖書の話をしたという。とうとう彼は断ることが面倒になりイエスを信じてみようかと思い立った、多分こんなことを彼から聞いた思いがする。

今彼はイエスこそ生きる望みと信仰に人生をかけて日々を過ごしている。いや自分がイエスを独占するのではなく、みちのくにあって障害をもつ人達の信仰の導き手として用いられる生活をしているのだ。

やもめのような一途の信仰を持ち続けたい。

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