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2014年11月20日 (木)

長崎の旅(2)

身辺整理という言葉がある。その意味の一つは人生の終末に際して無用のものを捨て去り、身辺を整えることだろう。

私も手紙や写真、書物等徐々に区分けし極力棄てるようにしているのだが、今この作業を急ぎ過ぎたと後悔している。なぜなら、長崎の旅の資料も不要と判断し廃棄してしまったからである。

間違いでなければ、訪ねた先には平戸島もあった。ゆるやかな坂道を上ると教会が寺と並んであった景色が浮かんでくるのだ。その教会が禁教の時代からあったものかどうか分かるはずはないのだが、遠藤のかくれ切支丹の歴史を読んでいると、私たちが足跡を印したところにも彼らの忍従の空気が淀んでいた気がするのだ。

それは船から降りた時だった。乗船する多様なお客に交じって、そこには手ぬぐいを被り、大きな荷物を持つ年を重ねた女達の一群がいた。
そして、車いすに座り、不自由な言葉を顔を歪めて発し、中には負われて下船しバスを待つ私たちを、これから行商に出かけるであろうこの島の女達は、一種尊い物を見るような、素朴な信仰心を驚きの中に隠した眼差しで見詰めていたのだった。

遠藤周作は何度も踏絵を踏む農民や漁民の苦しさに触れ、彼らが乳飲み子に乳房をふくませた「おっ母さん」(切支丹であることを隠すためにマリアの絵は使えない)を拝して踏絵の許しを乞うていたと書いている。

あの行商に行くであろう女の顔に踏絵に耐えた、そして日本化したマリアを頼みとして信仰を継いだ血が流れていなかっただろうか、とふと思う。

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