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2014年11月

2014年11月30日 (日)

祈り

 いつも御言葉によって励まし、力づけて下さる父なる神様。今朝もあなたの御力をいただいて、私たちはここに集うことが出来ました。

この恵みにこころより感謝いたします。
 どうぞ今朝も今からお献げする礼拝を通してあなたの御心に与り、私たちの体と心を清め、御心に沿うものとしてくださいますように。
 神様、今、世界は混沌とし、多くの人々が亡くなり、傷つき、生きる希望を失っています。その中で、私たちの国では私たちの統治者を選ぶ選挙が行われようとしています。

神様、あなたの心を多くの人々にお示し下さい。そして、戦争ではなく、平和を、憎しみではなく、信頼を、失望ではなく、希望を持って生きる世界を地上にもたらせて下さい。
 神様、この良き日にここに来られない友がおられます。特に体が衰え、病を抱えている友を覚えます。どうぞその一人ひとりの身元を訪ね、あなたの御言葉をお与えくださいますように。
 
また、私たちが御子の降誕に備える心を持ってこれからの日々を過ごせますようにと祈ります。
 これから御言葉を取り次がれる先生をあなたが清め、導いてくださいますように。

 この祈り、感謝、願いを私たちの贖い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

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2014年11月20日 (木)

長崎の旅(2)

身辺整理という言葉がある。その意味の一つは人生の終末に際して無用のものを捨て去り、身辺を整えることだろう。

私も手紙や写真、書物等徐々に区分けし極力棄てるようにしているのだが、今この作業を急ぎ過ぎたと後悔している。なぜなら、長崎の旅の資料も不要と判断し廃棄してしまったからである。

間違いでなければ、訪ねた先には平戸島もあった。ゆるやかな坂道を上ると教会が寺と並んであった景色が浮かんでくるのだ。その教会が禁教の時代からあったものかどうか分かるはずはないのだが、遠藤のかくれ切支丹の歴史を読んでいると、私たちが足跡を印したところにも彼らの忍従の空気が淀んでいた気がするのだ。

それは船から降りた時だった。乗船する多様なお客に交じって、そこには手ぬぐいを被り、大きな荷物を持つ年を重ねた女達の一群がいた。
そして、車いすに座り、不自由な言葉を顔を歪めて発し、中には負われて下船しバスを待つ私たちを、これから行商に出かけるであろうこの島の女達は、一種尊い物を見るような、素朴な信仰心を驚きの中に隠した眼差しで見詰めていたのだった。

遠藤周作は何度も踏絵を踏む農民や漁民の苦しさに触れ、彼らが乳飲み子に乳房をふくませた「おっ母さん」(切支丹であることを隠すためにマリアの絵は使えない)を拝して踏絵の許しを乞うていたと書いている。

あの行商に行くであろう女の顔に踏絵に耐えた、そして日本化したマリアを頼みとして信仰を継いだ血が流れていなかっただろうか、とふと思う。

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2014年11月19日 (水)

長崎の旅(1)

長崎や雲仙がもう一度我が関心事になろうとは予想しなかった。もう一度とは45年前、ここに図らずも今にして思えば「派遣」されたことがあったからである。
その頃私は高等部の主事をしていた。主事は校長が常時いない学校においては教頭に次ぐ責任を負う立場であった。
高等部の生徒の修学旅行が企画された。教頭が学校を空けられない時、その責任者には主事が当たることとなる。私が同道しても障害を持つ生徒の介助を負えるわけでもなく、適任とはいえないが、しかし、職を持つ以上忌避することは不可能だったのである。
私は己の負の部分を現地佐世保にいる友に補ってくれるよう依頼もしたのだった。

こう述べたからと言って修学旅行が陰を帯びたものになったというわけでは決してない。いや、同行の教師や介護の保護者との、そして生徒たちとの交わりによって、実り多い物となったと断言できる。26聖人像、平戸の教会群、雲仙の地獄谷、長崎平和公園、オランダ坂等々の体験は今、遠藤周作との交流を通して貴重な財産として蘇ってきたからである。

今日読んだのは「切支丹の里」の中の「雲仙」だった。遠藤らしき主人公能勢が殉教者の跡を追って旅をして、小浜から雲仙にバスに揺られて行く。バスガイドも乗客も殉教者の次第には全く関心がなく地獄谷へと山を上っていく。これは45年前の私でもあった。

小説は能勢に一人の転びの男に関心を持たせる。
「12月5日、拷問は次のようにして始まった。七人は一人ずつ、煮えかえる池の岸に連れていかれ、沸き立つ湯の高い飛沫を見せられ、信仰を棄てるように命じられた。・・・警吏はこの答えをきくと、囚人の着物をぬがせ、両手を縛って、四人を押さえた。それから半カーラ(四分の一リットル)くらい入る柄杓で沸き立つ湯をすくい、それを三杯ほど各人の上に注いだ。・・・三十三日の間、彼らはこの山で各々、六回このような拷問をうけたのである」
こう話は進むのだが、能勢の関心はこの殉教者に見えつ隠れつ後を追う、転びの男キチジローにあった。「ゆるしてくだされ。わしはお前さまらのように殉教ばできる強か者ではござりませぬ。」と彼に言わせるのだった。

遠藤の主要テーマはこの転びをする弱き者にある。新約聖書の時代ではイエスが十字架に架けられる時、あの人は知らないと言ったペテロの弱さである。(イエスはその弱さの上に教会を建てるとおっしゃったのだが)

ふとしたきっかけで遠藤周作と再度触れ合い、殉教の歴史に体を硬直させながら、一方また、己の過去の出来事の意味付けなどをしながら何回か遠藤と共に長崎の旅をしてみたい。

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2014年11月17日 (月)

存在する死者

聖書以外に読む意欲をなくしていた私だったが最近読むべき書物があることを発見し喜んでいる。
その契機は高橋源一郎が朝日新聞で触れていた雑誌「文藝」だった。今回文藝賞をとった「死にたくなったら電話して」という想像だにしない若者の世界を描いた小説を読み終わって、ふと巻末にある若松英輔の「愛(かな)しみの哲学」に触れた時死者との関わりに新たな生命を見た思いがしたのだ。

この論考は多様な意味において新たな興奮を惹起したのだがその一節に遠藤周作の執筆の姿勢に触れてこう記していた。
「彼の文学が大きく飛躍するとき、そこに起こっているのは死者との交わりであるように思われる。彼は死者に向かって書いているのではない。書くとは、言葉をもって語ることのできない死者たちー生きている死者たちーとの協同の営みになったというのである。」

死者は生きているものがその人について書き、思い、描くとき最早死者ではなく共にある存在になる。そのことを筆者はイエスに従って死んだ殉教者や内村鑑三に及んで書き進めている。

今早速ネット通販で取り寄せた「切支丹の里」「沈黙」「内村鑑三を読む」「死者との対話」が机上に並んでいる。永遠の生命を信じる私たちは、信仰に生きた者たちとの共存を未来にではなく現在においてもう一度確認してみる幸いに与ることができそうだ。

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2014年11月14日 (金)

風向きを気にすれば種は撒けない

篠崎キリスト教会のホームページから毎日ヨシュア記を学んでいる。そして、主の力強い励ましをいただいている。
今朝出合った御言葉とメッセージを紹介しよう。

18:3「ヨシュアはイスラエルの人々に言った。『あなたたちは、いつまでためらっているのだ。あなたたちの先祖の神、主が既に与えられた土地を取りに行くだけなのだ』」。
 土地を戦い取ることは血と汗を流すことだ。彼らは困難が予想されるから、あえて土地配分を要求しなかった。
 ―伝道の書11:4「風向きを気にすれば種は蒔けない。雲行きを気にすれば刈り入れはできない」。
・この物語は、私たちに、教会をどのようにして形成していけばよいかを考えさせる。全ての教会形成の基本は開拓伝道だ。自分で汗を流し、開拓しない限り、土地は与えられない。
シュア記13:1「ヨシュアが多くの日を重ねて老人となったとき、主は彼にこう言われた。『あなたは年を重ねて、老人となったが、占領すべき土地はまだたくさん残っている』」。

このメッセージは教会形成のみでなく、個人の毎日の生き様にも関係する。この世のことに煩わされるな、怖れるな、主は既に世に勝たれている、勇気を持って生きよ、と私に語りかけておられるのだ。

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2014年11月 9日 (日)

祈りは聞かれる

今日の聖書箇所はルカによる福音書18章1節から8節。
18:1 イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。
18:2 「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。
18:3 ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。
18:4 裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。
18:5 しかし、あのやもめは、うるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやって来て、わたしをさんざんな目に遭わすにちがいない。』」
18:6 それから、主は言われた。「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。
18:7 まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。
18:8 言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。」

説教を聞きながら私はある友のことを思い出していた。リュウマチで10年間もの間自分の頭の蝿さえ追えず、寝たきりで天井を眺めて暮らした友である。
彼のところにあるクリスチャンの友達がそれは頻繁に訪ねてきて聖書の話をしたという。とうとう彼は断ることが面倒になりイエスを信じてみようかと思い立った、多分こんなことを彼から聞いた思いがする。

今彼はイエスこそ生きる望みと信仰に人生をかけて日々を過ごしている。いや自分がイエスを独占するのではなく、みちのくにあって障害をもつ人達の信仰の導き手として用いられる生活をしているのだ。

やもめのような一途の信仰を持ち続けたい。

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2014年11月 7日 (金)

ガンになった女性

教員になって二回目に担任したクラスの女性Nさんが肺がんが見つかりましたとメールをくれた。彼女は何年か前に大腸がんになってストーマを使用している。その扱いにも慣れたらしく最近は話題にしなくなっていた矢先の話である。

Nさんは社交家で商店街の奥さんたちとも親しく交わって買物も自由にやっている。先日などはそこの商店街のお煎餅屋に頼んで私ともう一人のかつての「恩師」に沢山の煎餅を贈ってくれたのだった。
また近所の奥さん方を家に呼んで彼女のお手製の料理を振る舞うなどもしていた。

先日、今から病院に検査結果を聞きに行きますと出掛けにメールで知らせてきた。返事に「結果を聞く朝は緊張しますね。どうぞ何事もない結果でありますように」と書いて送るとまた、「でも行かなくてはね。覚悟はもう出来ています。いつでも神様のところに行きます。」即座に言ってきたのだ。

そして結果はがんの転移だという。

私は妻が同じ肺がんを患って肺の一部を摘出した後5年生活できたこと、治療法もいろいろあることなどを知らせ、神様は全てをご存知です、きっと守って下さいます、私もあなたのことはいつも祈っています、と伝える他なかった。

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2014年11月 4日 (火)

カワウソ(獺)のように

獺祭純米大吟醸というお酒があるそうだ。通の人に好まれる高級酒らしい。

実はある人の誕生日祝に酒を贈ろうとして仲間に相談したらこの酒を勧められたのだ。名前を聞いて酒飲でない私だがすっかり興味を持ってしまった。
それは私が自分の人生を重ねて生きている明治の文豪正岡子規の雅号(ペンネーム)の一つが獺祭書屋主人だからだ。子規は数え切れないほどの雅号をもっているのだが、この名前は気に入っていたらしい。

カワウソは魚を捕まえてもすぐには食べずに目の前に並べて眺めていたという。それは魚を先祖に捧げて祭をするようにも見えたようだ。犠牲を捧げる旧約の礼拝にも似ている。

正岡子規はカリエスで体が全く動かなくなり沢山の文学資料を布団の回りに並べ毎日を過ごしたに違いない。それは魚を眺めるカワウソの姿でもある。そんなことからこの雅号を好んだのかなと私は勝手に考えている。

子規を私が自分に同一視するには他にもわけがある。
子規は多くの仲間から慕われ、愛されて日々を送った。動けない故に仲間たちが彼の枕元にやって来ては文学談議に時を費やしたのだ。そんな時トイレに行きたくなると布団の上ではやらずに仲間に頼んでは便所まで運んでもらった。
また、仲間の一人が帰ろうとすると、お前が帰るとそこからっぽになると寂しがったのだった。
もう一つ。それは妹律のことだ。子規はけっして律を褒めたり、労ったりしないで律に頼りきった。包帯の交換はおろか、体から吹き出す膿を呻きながら律に手当してもらったのだ。律がいないと生きられないと内心思いつつ妹にはきつい彼であった。

こうした姿は私の友人や妻のそれに重なる。

話がそれたが、獺祭書屋主人なる正岡子規は私にとってこんな人である。

今回のプレゼントの酒が獺祭純米大吟醸とは嬉しい話である。

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