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2014年9月15日 (月)

病む友の存在

以前に比べて職場の友との電話での交わりが減少している。
以前とは病む友がまだ病院や施設におられた時のことだ。この一年の間に二人の親友を天に送った。一人はこの9月で一年の記念日を迎える。もう一人はそろそろ半年になるだろう。

二人共職場で多くの人たちと良い交わりをしていたのだが、それが契機になってもうお互いに退職後20年にもなろうというのに相変わらず私たちは何かというと連絡を取り合っていたのだった。私たちはというのはその二人を取り巻く職場時代の多くの友という意味である。

二人が病院におられた時には私は参加できなかったが、数人の仲間が彼を訪ね、病院から許可をとって彼を公園に連れだして素敵な一日を過ごしていた。そして、その様子を私には電話で教えてくれたものだ。

お互い年を重ねているからそうしょっちゅうは訪ねられないのだったがそんな時は電話で彼はどうしているだろうと話し合ったりもした。

私たちはそんな良い友を失って、もう心配の対象がいなくなってしまった。それと平行して電話の回数も少なくなったのだろう。

弱さを持った人はこうして多くの人を結ぶ核になることができるということを二人は教えてくれていたような気がする。

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