« 姉の入院 | トップページ | 表現する意欲 »

2014年7月15日 (火)

「教え子」の教え

  • 宅急便が届いた。綺麗に包装された箱を開けるとそこには水ようかんが何列にも並んでいた。夏の味覚にふさわしくパッケージは優しい光を放っていた。
    贈り主は50年前に担任した「教え子」のTさんだった。あの時中学生だったのだから60歳は過ぎている。今では私同様車いすのお世話になっているが、私と違って都内どこにでも出かけるたくましさを持つ彼女ではある。
    私は早速お礼の電話をかけ、もうこんなことはこれきりにしてね、気持ちだけで十分ですよ、と伝えたのだった。
    するとその後メールが届いて、こんなことを書いてきた。「あれは溜まったポイントで買ったものです。気になさらないでください。」「35年間も住んでいるとお店の方にも顔が通じて、ポイントの割増まで利くのです。」
    私は感心して、あなたはバイタリティあるね、と返事をしたのだがまたそれに答えがあった。
    「バイタリティではありません、私は自然体で生きています。」
    Tさんは世で言う「教え子」である。だが、私はこの言葉は好きではない。教師は教えることもするが、学習の過程でたくさんのことを学び、教えられるからである。生徒は共同学習者なのだ。でもかつて共同に学んだ生徒を上手く表す言葉がないので「」付きで教え子ということにしている。
    さて、そのTさんからその後またメールが届いた。雨で外出が出来ず、食事の用意が大変だという。私は、今セブンミールが届きました。これは便利なサービスですよ、とそのシステムを知らせる返信を書いた。
    会話好きな彼女は直ぐに返事を送ってきた。てっきりよいニュースをありがとうございます、と書かれているだろうと判断して開けてみると意外であった。
    「先生、ダメですよ、たまにはいいけど、ダメ。他人と関わりを持たなくちゃ。」
    近所の方との触れ合いのない私には痛い言葉だった。

以上、「『教え子』の教え」のお粗末でした。

|

« 姉の入院 | トップページ | 表現する意欲 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

すばらしい「教え子」さんですね。
私も教え子やわが子、また施設の利用者さんたちに教えられることが多く、その時は納得できなくてもあとからありがたかったな、と感謝したい気持ちになることがよくあります。

投稿: midori | 2014年7月16日 (水) 21時57分

midoriさん
お読み下さりありがとうございます。その上、コメントまでいただき、うれしいです。
皆にこうして生かされて日々を送っています。
今日は午前中は家庭集会がありました。
また、コンタクトして下さい。

投稿: chacchan | 2014年7月17日 (木) 11時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136400/59988002

この記事へのトラックバック一覧です: 「教え子」の教え:

« 姉の入院 | トップページ | 表現する意欲 »