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2014年7月

2014年7月29日 (火)

表現する意欲

この世には不合理なことがあまりにも多い。積極的平和主義などという幼稚な言葉を用いてその実軍備を拡張し、兵器産業を世界市場に宣伝して回る我が国の権力者。いつでも胸襟を開いて話し合いに応じると言いつつ過去の過ちを一向に認めようとしない人。
近く終戦記念日を迎えるとき、マスコミでは戦争の悲惨さを訴える番組が増え、そこに登場する街の人は、戦争は絶対にしてはいけません、と口を揃えるが、その声は指導者の上を霞の如くに過ぎていくだけだ。
誰に向かってどうこの思いを伝えるか。表現する意欲さえなくなっていく。

話題は一変。先日我が家で俳句の例会があった。そこから何句かを 紹介する。
 青田風老いの生き甲斐水管理
 
供華としてりんどう咲くを待ちわびて
 
梅雨晴れやキャッシュカードを探しけり
 
蝿取り紙大黒柱の光る部屋
 
小走りにバス停までの白日傘
 
みどり児の目覚の笑顔合歓の花
 
天高く入道雲の仁王立ち
 雨
上がり朝顔市の人減らず
 
うたた寝や首振り続く扇風機
 
卓上の小物飛ばして扇風機
 
扇風機抱いて目を閉ず野球の児

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2014年7月15日 (火)

「教え子」の教え

  • 宅急便が届いた。綺麗に包装された箱を開けるとそこには水ようかんが何列にも並んでいた。夏の味覚にふさわしくパッケージは優しい光を放っていた。
    贈り主は50年前に担任した「教え子」のTさんだった。あの時中学生だったのだから60歳は過ぎている。今では私同様車いすのお世話になっているが、私と違って都内どこにでも出かけるたくましさを持つ彼女ではある。
    私は早速お礼の電話をかけ、もうこんなことはこれきりにしてね、気持ちだけで十分ですよ、と伝えたのだった。
    するとその後メールが届いて、こんなことを書いてきた。「あれは溜まったポイントで買ったものです。気になさらないでください。」「35年間も住んでいるとお店の方にも顔が通じて、ポイントの割増まで利くのです。」
    私は感心して、あなたはバイタリティあるね、と返事をしたのだがまたそれに答えがあった。
    「バイタリティではありません、私は自然体で生きています。」
    Tさんは世で言う「教え子」である。だが、私はこの言葉は好きではない。教師は教えることもするが、学習の過程でたくさんのことを学び、教えられるからである。生徒は共同学習者なのだ。でもかつて共同に学んだ生徒を上手く表す言葉がないので「」付きで教え子ということにしている。
    さて、そのTさんからその後またメールが届いた。雨で外出が出来ず、食事の用意が大変だという。私は、今セブンミールが届きました。これは便利なサービスですよ、とそのシステムを知らせる返信を書いた。
    会話好きな彼女は直ぐに返事を送ってきた。てっきりよいニュースをありがとうございます、と書かれているだろうと判断して開けてみると意外であった。
    「先生、ダメですよ、たまにはいいけど、ダメ。他人と関わりを持たなくちゃ。」
    近所の方との触れ合いのない私には痛い言葉だった。

以上、「『教え子』の教え」のお粗末でした。

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2014年7月11日 (金)

姉の入院

6つ年上の姉が最近滅多に来なくなった。83歳なのに車を運転して、途中寿司やら団子をコンビニで買って、どうだい、元気かい?と顔を出していた姉である。
妻が入院中は私の運転する車で一緒に病院に行き、車いすの上げ下ろしや、妻が必要なものを売店で買い求めたりもしてくれた。そんな時、お金を渡そうとすると、いいよ~たいした金じゃないんだから、和子さんが元気になったらいっぱい返してもらうよ、と断る姉だった。
そのお金を返すこともなく妻は逝ってしまったが、姉は一人になった弟を心配し、先日までは時々、神流川を渡ってやって来たのである。

一昨日、私は御機嫌伺いのつもりで電話した。すると義兄が電話に出て、ばあさんは入院しているだよ、と言った。大きな驚きであった。姉は入院などしたことのない人だ。その姉が入院とは。
聞くと、足腰が立たなくなって、介護保険を受けている義兄のベッドで生活しようとしたのだが、検査の結果即入院となったとのこと。実は義兄は姉の世話を受けて風呂に入り、上がった後は全身に薬を塗布しなければならない身である。義兄も幾度も入院の経験はあるが、その時の身の回りの世話は姉でなくては承知しない人なのだ。
義兄は、大分良くなったみたいだよ、そのうち帰ってくるよ、と言って電話を切った。

私はすぐにも会いたいのだが動けない。福祉タクシーを利用して行こうかとも思う。
思案の末先ず、様子見に息子の連れ合いに行ってもらうことにした。それは昨夜のことだ。
彼女が帰って言うには、まだ原因が確定しないとのこと。昔から抱えていた膝の痛みがあって歩けないのか、もうだいぶ良くなったという下肢の浮腫のせいなのか、入院20日になるというのに確定しない。

6人兄妹の3人はもう他界してしまった。体の奥底から肉のつながりを持って心通わす人は姉と弟である。元気かい、と訪ねることはできなくとも、電話で話せる人のままで居て欲しいと願わずにはおられない。

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2014年7月 7日 (月)

勇気を出しなさい

岡山市に住む女性から、いや団体からと言った方が正確なのだろうが、それはともかくとして今日も機関紙が送られてきた。中国地方の障害をもつキリスト者の会の代表をしている方である。ハンセン病国家賠償訴訟に積極的に関わり、また教会の改革にも、障害を持つ人の信仰生活を通して長い間関わっている彼女である。
この団体の機関紙を私が好きなのはいつも巻頭の「説教」が慰めに満ちているからである。今号の説教者は地元の女性牧師Hさん。ここでHさんは、イスラエルの人たちがいつも挨拶にはシャロームという言葉を用いていると先ず語る。シャロームは平和、平安という意味だが、その言葉には程遠い現状のイスラエルにおいて人々はこの言葉で挨拶を交わすと言うのだ。そして、最後に「神がおられるなら、なぜこんなことが起こるのかと、問いたくなることがありますけれども、(この世の)一番深いところで、ゆったりと神の時間と計画が着実に流れているのです。その深海の流れと結びついているかと尋ね合うのが『シャローム』なのです」、と告げていた。

今、生きにくさを抱えている私にとってこの説教は神の温かさにもう一度立ち返るよう諭すものであった。そして、それは最後に引用されていた次の聖句でより確かなものとなった。

16:33 これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
(ヨハネによる福音書)

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2014年7月 5日 (土)

いつも喜んでいなさい

今朝も4時過ぎに目覚めた。実は昨日から体調がよくないのだ。昨日一日胸の苦しさに耐えながら生きていた。昼飯はセブンミールで取り寄せた炒飯があったのだが、美味しいと感じつつ半分を残していた。
今朝も胸の苦しさは続いていた。寝る前にシップを胸いっぱいに貼っておいたのにあまり効果はなかったようだ。

今日は妻の召天6年目の記念日である。苦しみに体を引き裂かれて最期を過ごした彼女の心電図の波がやがて平坦になっていくのを見つめたあの瞬間が思い出されてきた。
私はこころ穏やかでいられなくなった。聖書に平安を求める他なかった。神に生かされている私はこんなときこそ、喜びを得たいと願った。幸いベッド脇に端末機があったので、「いつも喜んでいなさい 聖書」と入力し検索した。するとテサロニケ人への手紙5章16節が示されたのだった。「いつも喜んでいなさい。5:17 絶えず祈りなさい。5:18 どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」
ああ、神は祈りと感謝を同時に求めておられたのだった。祈ることを許され、神様と共におられることを感謝する、その人こそ喜んでいられる。苦しみの極地に落ちたイエスのとりなしによって喜ぶことができる。
心電図ではなく心の平坦を取り戻した私は胸の筋肉を解すべく指で我が体をさすりながらその後の夜明けまでの時間を過ごしていた。

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