« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »

2014年6月

2014年6月30日 (月)

朝の挨拶

目覚めてからのしばらくの時をぼんやりとした意識の中で過ごし、体に小さな力が行き渡る頃になると私は電動ベッドの頭部を上げてようやく起きにかかる。
先ず、体を半折にする。その時、やあ~、一晩無事に守られて、新しい朝を迎えられたな~という感慨が私を包む。そして、思わず、神様ありがとうございます、と口ずさむのだ。
次にやることはタオルケットをめくり、右足の様子を伺うことである。今朝はどうだい、と御機嫌を伺うのだ。昨日はその足は皺をたくさん持っていて、柔らかであった。そんな時、なんとも言えない安堵感が湧いてくる。
今朝も、どうだい?と尋ねながらめくってみると、足の甲は皺こそなかったが饅頭のようには膨らんでいなかった。私はその足をしばらく擦ったり、押したりして愛撫し続けたのだった。
浮腫が軽減するようにと利尿剤を使っているのだが、一進一退で小康状態を保ったままである。出来ることなら薬は用いたくない。トイレに負担がかかり上半身の筋肉が疲れてしまうからである。
そんな体で一日を過ごし、新しい朝を迎える私にとって、足殿が御機嫌麗しいことはこの上ない嬉しいことなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月22日 (日)

主に招かれて 礼拝司会者の祈り

 ご在天の父なる神様。私達は過ぐる六日の間、その時々にみ言葉を頂き、あなたのみ顔を仰ぎ、励ましを受けて生かされて来ましたことに心からの感謝をささげます。

 そして、今朝はあなたが、安息日を守って聖別せよ、とお命じになった聖日です。全ての者を日々の働き、苦しみから解き放ってくださる日です。
 
今朝、私達は多くの供え物を持ってあなたの元に集って参りました。それはあなたからいただいた信仰への感謝、私達に与えられている時間、あなたに生かされているこの体です。
 
どうぞこれからのひと時、古の信仰者たちがあなたの前で喜びの祝宴を開いたように、私達があなたと共に過ごす喜びで満たされますように。
  神様、私たちは今、聖霊降臨の恵みの中におります。どうぞ、あなたの前で食べ、喜び、捧げる私達の共同体に、未だあなたを知らない人、苦しみの中にある人を招くことが出来ますよう本庄教会の上に聖霊の働きを祈ります。
 この良き日にここに来られない友がいることを覚えます。どうぞその一人ひとりの身元を訪ね、祝福し、励ましを与えてください。
 
喜びのメッセージを取り次ぐ先生をあなたの力で満たしてくださいますように。
 この祈り、感謝、願いを救いの主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月19日 (木)

気力も主から

体が重い。なんとも重い。ベッドの上で全く動きがとれない。
そんな思いで昨日は朝を迎えた。寝間着を脱ごうにも浮腫んだ足を動かせないし、上半身の向きを変えたくも腕が痛んでしかたないのだ。
一晩中同じところに足も腰もあるからその下は汗ばんで濡れているがタオルを差し込んで拭うこともダメだ。
五時前には目覚めているがテレビを点けてただぼんやりと眺めているだけである。

しかし、このままでいるわけにもいかない。起きないことには朝飯も摂れないし、予約してある病院にも行けない。
意を決して身繕いをすることにした。少しずつ、少しずつやる。そのとき、ふと、私は今、気力だけで生きていると思った。体の力ではなく、気力によって動いている、そう思ったのだ。
思えば、高等学校に入れなかった日々、私は一年間、一人で勉強を続けた。大学に入学拒否された日も、納屋に篭って一年を送った。大学の貧乏生活にも耐えた。こうして日々耐える気力は育てられてきた。
ここで信仰の話に飛んだら行き過ぎだろうか。今の私にはそうではない気がする。イスラエルの民が砂漠で困難に遭いつつカナンに導かれたように私の経歴の中に主が居られて、気力を育んでくださったのだ。
その気力でもう少しの時を生きようと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年6月13日 (金)

誤記多し

弟からの電話だった。「葉書が着いたよ。案外小さい写真だね」と彼は切り出した。
先日ヘルパーさんにgoogleearthが面白いですよ、と風呂に入っている時教えられたので、川崎に住む弟の家をそのアプリを使って見たのだった。もう20年以上も前、家内と訪ねたことのある家だが、車椅子生活になってからは一度も行ったことがない。先日の彼の連れ合いの法事さえ失礼をしたくらいである。
しばらくぶりにストリートヴューで見る家は奥さんが生存中に撮影されたものと見えて、二階には布団が干されていた。
私は懐かしくなって弟にパソコンを見ながら電話した。その時、彼が、実は彼はパソコンはおろか携帯電話ももっていないのだが、その写真を送ってくれるようにと願ったのだった。
そんな顛末で家の写真の載った葉書が着いたというのである。

そこまではよかった。彼は続けて「番地が違っているよ」と言った。私は「家内がメモしておいたものを見て書いたのだけど、じゃあメモが間違っているんだね」と応え、彼の言う正しい番地を聞いて電話を切った。
そしてである。メモを訂正しようとしたらなんと彼の言う通りの番地が書いてあるではないか。私が写し間違ったのだ。

またやってしまったかと思った。最近、数字を誤記することが多いのだ。何度も見なおしているはずなのに結果的に、誤ってしまう。
大脳の機能低下、これを受け入れねばならないのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 7日 (土)

壁の修復

娘の結婚記念日がジューンだったと記憶していたのだがはっきりしない。記念すべき恵みの日だったから、何らかの形で文章を書きたいのだが日付が間違ったら大変なことになる。

なぜ記念の日なのかと言えば、その数日後、妻のガン手術があったからだ。娘に隠したままで私達は結婚式に臨んだのだった。
いや、それ以上のこの日の素晴らしさは「和解と感謝の結婚式」が執り行われたからである。
式の日、娘は、高校から大学時代は私の反抗の時だったと告白し、続けて、今日は感謝の日としてこの結婚を捧げたいと公言した。そして、今まで両親を演奏会に呼んだことがなかったが今日は二人に捧げる演奏をしますと言って、映画「菊次郎の夏」から「SUMMER」を純白のドレスでピアノ演奏したのだった。
これだけ材料が揃っていれば、facebookにでもブログにでも気取った文章が書けそうなものだが、肝心な日付が間違ったらなんとも格好がつかない。
だが、その日がどうしても曖昧なのだ。私はブログ内で検索をかけたり、妻の病歴を調べたり、エッセイ集を紐解いたりして確定を試みた。物忘れがひどくなった自分を哀れに思いながら、こうして家族に関わる事実を探していると、ふと、私は一度築いた建物の修復をしているような思いになった。それは煉瓦を丹念に選んで築いた壁の修復に似ていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月 5日 (木)

自分の力ではなく

いつものように4時過ぎには目覚めてしまう。熟睡ができず、疲れてしまうのだ。でも、冬と違い部屋は適度の温度があるから上半身を起こし、体を折り曲げて腰の痛みを和らげることも出来る。
今朝もそうだった。そんな時、ただなにもせず過ごすこともできないのでふと、身近にある端末機を取って、メールチェックをしたりfacebookを覗いたりする。今朝は新着メールもなく、facebookにもさしたる記事はなかった。
そこでこのブログを開いて見ることにした。自作の鑑賞となるとおかしな話である。だが、そうではなかったので今この記事にしている。
私は自らの文章に励ましを受け、慰めを感じたのであった。何故ならば、私の記事は聖書のメッセージに満ちているからである。自ら作成したものではなく、神からのメッセージの伝達である故、書き手もまたそこから力をいただくのだった。
牧師がメッセージを伝える際にもどうような気持ちであろう。己の至らなさを顧みたら己からの力では神を語ることはできない。しかし、己を通して神のみ言葉を取り次ぐことはできる。そして、牧師自身、その言葉に生かされるのである。
今日もまたみ言葉を聞きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年5月 | トップページ | 2014年7月 »