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2014年3月 5日 (水)

書く喜び

Sさんが ゆりは と書いて、「先生、わかんない」と言う。私、「なんて書きたいんだっけ」。Sさん、「雪ふりました」。
私、「そうだね。そう言いながら書いて」。
 
ゆきふりました とSさんがノートに書いた。
私、「わあ!できたね。(両手でSさんの頭をなでる、二人の頭を付け合いながら喜ぶ。)
私、「じゃあ、次、なんて書く?」
Sさん、「車が見えません」。
私、「ようし。書いてみよう」。
 
くるまかみえません、と言いながらSさんは書いた。
私、「できるじゃないか」。
Sさん、「先生、うれしい?」。
私、「うれしいよ」。(先ほどと同じように頭を付けて喜び合う)
私、「次はなんて書くの?」
Sさん、「おかあさんが雪を取りました。」
私、「さあ、書けるかな」。
 
Sさん、おあかうおりました と書く。
Sさん、「先生、いい?」。
私、「あれ、おあかうおりました、だね」。
Sさん、泣き出す。
私、「Sさん、泣かないで。また、やればいいよ」。
 
私は□を5つ書きながら、「おかあさんが、だね」と言い□□□を書いて、「ゆきを」と言い、□□□□□を書いて、「とりました、だろう」、「さあ、やってみて。」と励ました。
するとSさんは私の書いたマスには関係なく、
 
おかあさんふきとまし と書いた。
私、「おかあさん、は出来たよ。いいよ。次はゆっくり言いながら言ったことを書いて」。
 
Sさん、ゆきお とりました と書く。
私、「ほうら、やっぱり出来たよ。」「それでいいんだね。」
Sさんと私は握手をして喜び合った。
Sさんは車いすに乗る中学部の少女だった。ここに紹介した授業は人の宝である文字を用いて表現することの喜びをSさんと私が共有したある日のスケッチである。
 
何故に今更ここに紹介したかと言えば、今日の新聞に埼玉県の高校入学試験国語の問題で記述式に回答する設問があって、その採点基準に原稿用紙の正確な使用法が含まれていたからである。
Sさんのこの日の指導で私も文字を埋めるべき□を書き、そこに書くことを期待したのだが、Sさんにとってはそれはどうでもよいことであった。
 
Sさんの喜びを共有した私も同じ思いに浸っていた。所詮、原稿用紙の使い方などは人の決めた便宜的な約束事に過ぎないのだ。

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