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2014年1月17日 (金)

あかぎれ

親指の爪の脇が傷ついていた。どこかに当てた思いもない。なぜ、どこで傷つけたのか不思議に思っていた。顔を洗う時にはしみるし、物を掴むにも不自由である。
先日、風呂介助の方にふとそのことを話したら、それはあかぎれですよ、と教えられた。
あかぎれなどという言葉は子どもの時依頼の懐かしい言葉であった。私があかぎれを持っていたかどうかは定かではないが、家の女衆(おんなし)はこれにはいつも悩まされていたものだ。
介助の方は仕事柄今でもあかぎれができるという。水を使い、風に当たると指先が乾燥して皮膚が裂けるかららしい。
思い当たることがあった。パンツの洗濯である。妻が亡くなって私も50年間もしていなかった洗濯をするようになったのだ。大きなものは洗濯カゴに入れておくと若い者がやってくれるのだが、パンツだけは洗面台でゴシゴシ私が手洗いでやっている。
やってみると洗濯も楽しいものだ。洗い終わって、ハンガーに掛け、ハンガーごと窓の外にある物干し竿に吊るす。今日みたいに快晴の日、青空を背景にパンツがひらひら風に揺れるのを見ると、やれ、一仕事終わったという快感がわく。
今日はあかぎれの裂け目が浅くなってきている。

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コメント

chacchanさん
ついにこの日が来た(かな?)の日になりました。
(まだ決まったわけではなく、気まぐれなおなかchanとの戦いですが…)

また見守っていてください。
よろしくお願いします。

投稿: ひなりんご | 2014年1月20日 (月) 11時47分

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