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2014年1月

2014年1月31日 (金)

闘っても父の元へ

今朝は4時からベッドで格闘の時を過ごした。腰が痛み、その解消に出来る限りの手を尽くしたのだった。寝返りができれば一番いいのだがそれは無理。なんとか少しでも体の向きを換えようと浮腫んで重い右足を手で持ち上げようとしたが腕の痛みで思うようにいかない。それでも少しばかり体を右にひねってみたがたちまち元に戻ってしまう。ベッドの脇に出しっぱなしになっている毛布を持ち上げ、背中押さえにした。なんとかそれで暫時過ごす。
こんな時、思い浮かぶのは認知症の奥さんを持つ先輩のSさん。彼は夜中でも一人トイレに出かけてしまう奥さんのことを忘れるわけにはいかない。4時といわず2時でも3時でも起きるであろう。また、リュウマチの友は寝返りなどどうしているのだろうと思う。膝を抱えて眠るなど決してできないに違いない。
私だけが闘っているわけではないのだ。聖書の人物ヤコブはかつて逃げ出した故郷に帰る途上で何者かと格闘する。股関節を脱臼してしまう程厳しい闘いだった。しかし、それだからといって諦めて引き返すことはしなかった。父のいる故郷へ帰りたいからだ。
彼はそこで闘う相手からイスラエルと呼ばれる。神の御心を実現する民となったのだ。
私も闘いを止めて、もう人生を終えるというわけにはいかない。この前におられる父の元へ帰るまで闘い続けて日を送る。

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2014年1月30日 (木)

体の触れ合い

テレビで見た話。
小さな会社の社長さんが従業員に、押しくらまんじゅうをやるぞ、と声をかけていた。会社の入り口の地面にテープを貼り、ここから出てはだめだ、と指示する。
集まってきた男性はきょとんしている。だが、腕を組み合って背中、おしりを使って声を上げながら楽しそうに押しくらまんじゅうを始めた。
社長さんがまた言う。「力任せではだめだ。相手の動きや気持ちを感じながらこの線から出ないようにやってごらん」
こうしてこの会社はこれが朝のスケジュールになったという。会社の雰囲気もお互いが意見をはっきり出し合うようになったとか。
体を触れ合いながらそこで相手のこころと体に気づき、お互いがよい動きをする。これは立派なカウンセリングの手法である。
町工場の社長さんは偉いことを始めたものだ、と感心しながら私はテレビを見ていた。

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2014年1月29日 (水)

ありがとう が消えた

子どもが他人の世話になってもお礼を言わない親を見る。お年玉をあげても親は、子どもに代わって「ありがとうございました。」を返さない。

電話の取次でも同じことだ。今は携帯電話、いやスマホが主流だから固定電話にかかってくることはまれなのだが、それを取り次いでもらって用が足りると、黙って受話器を返すだけ。

子供は子どもの人格があり、御礼は子どもが言うもの。そう決めているのかもしれないし、電話は欲していない通話を受け渡ししてもらったのだから御礼は言うに及ばずとでも考えているのだろう。

有り難い、起こりえないことが起きている、人と人の関係はそんなに貴重なのだという認識、それが消滅している現代社会である。

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2014年1月28日 (火)

靖国参拝

NHKの連続テレビ小説「ごちそうさん」は昭和10年台の話になってきた。今朝は主人公の女性の幼なじみで、いつも彼女を励ましてきた男に召集令状が来たところだった。
彼は「俺みたいに女房も子どももいない者がちょうどいい」みたいなことを言っていた。その傍らでは両親が泣いている。この純朴な男が無事戦地から帰還するのかどうか知らないが、出征は国民にとっては辛い、避けたいことだったのだ。
今またきな臭い雰囲気が社会に漂い始めている。万一、死者がでる事態にでもなったら為政者には大変な打撃である。
靖国参拝はその悲しみを美化する事前準備の行為のように思えてならない。

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2014年1月27日 (月)

二枚の年賀状

手元に二枚の年賀状が残してある。
その一枚目の写真には車椅子に乗った小柄な女性が微笑んでいる。そして左脇に白いコートを着てベージュのスーツを身につけた若い女性、右には大柄な男性が車椅子を支えて立っている。明るい光を浴びて少し逆光気味の写真だが、背景は今度購入したというマンションらしい。
年賀の挨拶に加えて丁寧な字体で「早いもので娘も高校卒業です」とある。

この車椅子の女性は私が中学校で担任をしたHさんである。骨脆弱という病気でとても骨の折れやすい子だった。学校行事でバスに抱いて乗せるときも足を車体にぶつけるだけで骨折をしてしまうので先生たちは十分に注意を払ったものだ。

成長するにつれて骨折の危険も減り、高校は商業高校に進んだ。私は事前に学校に出向いて学科試験の結果が良ければ受け入れていただきたいとお願いし、学校生活上の配慮点などを伝えた。
幸いにも学校の理解を得、協力をいただいて彼女は学校生活を満喫し、卒業時には全生徒を代表して答辞を読んだ。

大手の会社に就職した彼女は最初のサラリーで青地に白のデザインのあるネクタイを買って学校に挨拶に来たのだった。

やがて良いパートナーに出会い(それが右側に立つ男性なのだが)出産することとなる。だが、どの病院も彼女の病気や体力の故に受け入れを渋り、1月に探し始めてようやく入院できたのは4月だった。それでも今手元に残っている昔の手紙には「様々な危険性をことあるごとに説明され、決して心穏やかな入院生活ではなかった」とある。
「家族に支えられ、お腹の中の『恵』に励まされたからこそ」の出産であった。そして「何ものにも代えがたい一生の宝物を手に入れた、そんな気分です」と手紙は結んでいる。
この宝物、「恵」が今、左側に立つお嬢さんである。

彼女が高校を卒業して何年立つのだろう。こんどはそのお嬢さんが高校を終える。本当に「早いもの」である。

さて、もう一枚の年賀状。送り主は教育実習生として私のところに来た車椅子の女性である。高校時代に病気で歩行ができなくなり、以後車椅子生活を送っているのだが、私は息子さんの成長をご主人の転勤でアメリカにいる時を含めて写真で見させていただいてきた。
葉書には「息子は金沢大学の医学部の一年生として過ごしています。」とあった。

二枚とも私には長い人生のドラマを見るような年賀状であった。その演出者である神のこころを覚えながら。

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2014年1月22日 (水)

人のありがたさ

出エジプト記12章を読んで思うところを書こうとしていたら玄関で呼ぶ声がした。
少し離れたところに住む親戚の従兄弟だった。泥にまみれたズボンを履いて、手にはネギと大根を下げている。畑に出たので寄ったのだという。
私の足の状態を見て、相撲取りのような足だね、わしも暮れには足首を捻挫してまだ完全じゃねんだよ、などと玄関を入ったところに座り込んで話してくれた。
母の妹の長男で、もう82歳になる方だ。
親戚が皆居なくなってきたことや、私の同級生の消息などを一時話して、体きいつけないねと言って帰って行かれた。

皆がこうして心に留めてくださることはありがたいことだ。

そう言えば、今朝は食事後、高校の同級生からも、元気かい?と電話が入ったのだった。しばらく近況を交換しあって、少し暖かくなったらもう一人の八王子に住む男と食事でもしよう、と言って電話を切った。

今又、教会の姉妹が祈祷会の帰りだと言って、お弁当を置いて行かれた。

今朝は人に恵まれた日だとつくずく思う。

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2014年1月17日 (金)

あかぎれ

親指の爪の脇が傷ついていた。どこかに当てた思いもない。なぜ、どこで傷つけたのか不思議に思っていた。顔を洗う時にはしみるし、物を掴むにも不自由である。
先日、風呂介助の方にふとそのことを話したら、それはあかぎれですよ、と教えられた。
あかぎれなどという言葉は子どもの時依頼の懐かしい言葉であった。私があかぎれを持っていたかどうかは定かではないが、家の女衆(おんなし)はこれにはいつも悩まされていたものだ。
介助の方は仕事柄今でもあかぎれができるという。水を使い、風に当たると指先が乾燥して皮膚が裂けるかららしい。
思い当たることがあった。パンツの洗濯である。妻が亡くなって私も50年間もしていなかった洗濯をするようになったのだ。大きなものは洗濯カゴに入れておくと若い者がやってくれるのだが、パンツだけは洗面台でゴシゴシ私が手洗いでやっている。
やってみると洗濯も楽しいものだ。洗い終わって、ハンガーに掛け、ハンガーごと窓の外にある物干し竿に吊るす。今日みたいに快晴の日、青空を背景にパンツがひらひら風に揺れるのを見ると、やれ、一仕事終わったという快感がわく。
今日はあかぎれの裂け目が浅くなってきている。

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2014年1月15日 (水)

神の配慮

 先日「介護と自分」を書いた。それを読んだOさんが「砕かれし魂」と題して以下の感想をメールで寄せてくれた。

50年以上介護を受けて生きている。20代は母が46時中介護してくれた。

国立身障センター入所中は同室の障害のある仲間。着替えから入浴介助まですべてやってくれた。センター入所は身のまわりのことは自分でできることが条件だと後で聞いたが、よく入所できたと今もって不思議だ。でも22カ月暮らした。

こうして50年間いろいろな人の支え、介助、介護で生きてきた。

ホームヘルパさんには家庭奉仕員と呼ばれた時代からお世話になっている。

今は、知り合いの女性とその家族(母親)。五体不満足の乙武さんと比べることはできないが、彼より機能的にはできないことが多いではないかなと思っている。

「こうりゅう広場」の介護と自己を見ているうちに、車いす詩人・島崎光正氏から「砕けた魂」という聖書の箇所があることを聞いことを思いだした。

ある時期、ホームヘルパさんの訪問に合わせて生活している自分に気づいた。ホームヘルパさんのために生きているように考え、主体性のない自分が情けなかった。

そして、自分を取り戻すために、個人的に事業所に所属していない介助者を依頼した。

二人で一緒に暮らして自分の主体性を回復した。

でも生きていることは誰かの犠牲のもとに成り立っている。今同居している家族、デイサービスの職員、教会のメンバー、友人、知人、限りない見知らぬ人々、考えたらきりがない。

島崎さんには「受け身で生きなさい」と言われた。

すべては神様が配慮し備えてくれた助け人である。

感謝して受けている。

みんな優しく親切だ。神は愛なりと信じている。

 

以下はこのメールへの私の返信。 

よい文章をありがとうございました。

先日の小生の問へのお答えと理解して読ませていただきました。

介護を受けることは多様な人間同士の関係、更には神との関係が交じり合っていることを教えられました。

「でも生きていることは誰かの犠牲のもとに成り立っている。今同居している家族、デイサービスの職員、教会のメンバー、友人、知人、限りない見知らぬ人々、考えたらきりがない。」

ここは考えさせられる箇所でした。

私も妻に多くの犠牲を強いたという思いがあります。でも、妻が犠牲となっているという認識を持っていたかどうかわかりません。

「すべては神様が配慮し備えてくれた助け人である。感謝して受けている。みんな優しく親切だ。神は愛なりと信じている。」

そう言ってくださってありがとうございます。嬉しいです。

よい交わりに感謝します。

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2014年1月10日 (金)

全てを失いし時に

出エジプト記の学びを続けている。篠崎キリスト教会というよいパートナーを与えられて一日一章読み進めることはありがたいことである。
今日はその10章、いなごと闇の災いのところ。ファラオの頑ななこころの故にイスラエルの民はモーセの導きによる旅に出ることができない。すると、「主はいなごを国中に満ちさせ10:14 いなごは、エジプト全土を襲い、エジプトの領土全体にとどまった。このようにおびただしいいなごの大群は前にも後にもなかった。
10:15 いなごが地の面をすべて覆ったので、地は暗くなった。いなごは地のあらゆる草、雹の害を免れた木の実をすべて食い尽くしたので、木であれ、野の草であれ、エジプト全土のどこにも緑のものは何一つ残らなかった。」その有り様は「4 かみ食らういなごの残したものを/移住するいなごが食らい/移住するいなごの残したものを/若いいなごが食らい/若いいなごの残したものを/食い荒らすいなごが食らった。」(ヨエル書)という。
ここを注釈して篠崎キリスト教会のホームページには「主に立ち返るためには、人は徹底的に打ち砕かれねばならない」とある。
これは厳しいメッセージであるが同時に救いの福音でもあるように私は思う。障害が重くなり、病状が極限状態になったときにそこに同時に神が現れてくださる。そう読んではいけないだろうか。
主イエスが十字架上で絶望の声をあげた時、そこに神は神殿の幕を裂けしめ人との中垣を取り除いたのだ。救いが来たのである。

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2014年1月 3日 (金)

神の秩序への介入

創世記の読みを終えて出エジプトに入った。読みの付添人は篠崎キリスト教会祈祷会である。同教会のホームページから祈祷会で語られた講解をダウンロードして出エジプト記を読み進めているわけである。

今日は8章。その最後でこうした説明がなされている。皆さんにもお読みいただきたく、ここに引用する。

創世記1:1-3「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。」
・災いとはこの秩序を神が取り去られる行為なのだ。神が水を制御し、日を支配し、他の生き物を管理しておられる。この神の手が離れたとき、水は洪水となり、日は日照りや闇をもたらし、他の生き物は無秩序になる。
―エレミヤ4:23-26「私は見た。見よ、大地は混沌とし/空には光がなかった。私は見た。見よ、山は揺れ動き/すべての丘は震えていた。私は見た。見よ、人はうせ/空の鳥はことごとく逃げ去っていた。私は見た。見よ、実り豊かな地は荒れ野に変わり/町々はことごとく、主の御前に/主の激しい怒りによって打ち倒されていた。」
・人間は被造物でありながら自らが神に取って代わろうとする。その時、創造の秩序は崩され、地はあえぐ(今日の農薬や毒物等の環境災害、ウランやプルトニウムの廃棄の問題、受胎調節の問題等の根源はここにある)。何をなすべきか。自分の限界を知り、創造者を覚えることである。

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