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2013年12月 9日 (月)

人を思う

良い作品というのはそこで人に会うことができるものだろう。
例えばこんな作品である。

あらためて妻あるを知る根深汁
天におはす母にも見ゆる吊し柿

これは昨日の朝日新聞の俳壇にあった句である。
根深汁は特別な料理でも何でもないが、夫婦二人温かなネギの入った味噌汁を黙って飲んでいると、ああ妻がいてくれるからこそこうして安心して夕べが過ごせるんだなぁと思う。読者はここで作者にもその奥さんにも出会えるのである。
二句目。おはす、がなんともいい。人一倍母に面倒をかけた作者かもしれない。尊くて「いる」などとは言えないのだ。そのお母さんの目にも、柿が吊るされている平和な家の様子が自然に見えている。そう詠って喜んでいる作者。

妻、母、私には抜き差しならない人である。

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