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2013年11月18日 (月)

祈りを共有する友

「主が共におられるなら」を読みました。

主が共におられることを信じて今日も礼拝に出席しました。
今月から送迎してくれる方がわたしを車に乗せることができなくなりました。
先週はタクシーで出席しました。
今日は介助の車で遅れて出席しました。40年以上教会の兄姉の支えでほとんと休むことなく出席していましたが、普通の介助車では高齢のためか不自由な身体が益々硬直して車の乗降が難しくなりました。
聖餐式には、パンはホーク、葡萄酒はワイングラスと数年前から変わりました。それでもやっと口に届く状態です。徐々に今までできていたことができなくなります。
パソコンは一本の棒を使って一個一個キーを叩いています。
今を大切にして生きています。主が共にいて力を貸して前に押し出してくれます。
感謝です。貴兄のブログ、メールに励まされています。ありがとう。感謝。

こんなメールが送られてきた。東北に住む友人からである。リュウマチの後遺症で体が硬直し不自由な生活をしているが、それを信仰の力で練り直し、力に変えてたくさんの奉仕に変えている友である。
でも、最近はメールにある通り、不自由度も増しているらしい。その友とこうしてブログを通して祈りを共有できることはなんと幸いなことか。
応答の大切さを思う。

 

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