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2013年11月

2013年11月29日 (金)

よき隣人

Photo



よい隣人を失った。
朝、いつものように冬の陽を受けながら新聞を読んでいた。そして、ふと地方版の最下段を見ると、私の字の名前が目に入った。なんとそれは交通事故の記事で、Kさんの死を知らせるものだった。
Kさんは82歳。国道の向こう側に家を持ち、時には台車に畑にやる水をタンクに詰めて押しながら我が家の東にひろがる畑にやって来ていた。元国鉄職員だったというが、私がこの地にやって来た頃はもう畑仕事を楽しんでやる人になっていた。
私は部屋の作業に飽きるとぶらっと家の東の道を車いすで散歩するのだが、そんな時一人で畑に腰をかがめて、草取りをしたり石拾いをしているKさんに出会った。道の近くにいるときには時々声がけもしたが、Kさんは笑顔で控えめに応対してくださったのだった。
Photo_2そればかりでなく、収穫期には大根やら蕪などを、あんまりいいできじゃないけど、と言いながら私の玄関先まで運んでくれたりもした。
事故に遭ったのは11時30分というから、きっと昨日も畑に来ていたのだろう。そして、昼食をとるためにあのゆっくりした足取りで道の向こうの家に帰っていく途中だったに違いない。
畑の一角には梅の木があって春先にはその花が光り輝いたり、トランペットフラワーが咲いたりもした畑。松の老木が数本あって、マツボックリが仔リスのように付いている木樹。
Kさんに置いてきぼりにされたこの者達はどうなっていくのだろう。
いい隣人が逝ってしまった。

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2013年11月26日 (火)

朝の体操

明るい日の射す居間で朝食が終わった。新聞をむくむ足を保護するために椅子の上に載せながらゆっくり読む。
だがどうも体がこわばっている。普段はまったくしない朝の体操を試みる。首を前後左右に曲げ、肩を肘を挙げられるところまで挙げて回した。

首を左右にひねっているとき、ふと思い出したのが先日「祈りを共有する友」と題して書いた友人Oさんだった。この夏、私が代表をしているキリスト教障害者団体の年次総会で事務局団体の役を引き受けてくださり、見事総会を成立させた中心人物である。
彼は北上市に住んでいるのだが東日本大震災で家が半壊し、一時家を空けねばならなかった。幸いにも復旧なって、私は総会の帰り、その家におじゃましたのだった。
北上市の中心からそう遠く離れてはいないが、周囲には田んぼが広がり、山並みも遠望できたかもしれない。
南がガラス窓一面になっている部屋で彼は少し先にある堤防の上の並木を指しながら、春にはあそこが桜の花で覆われるんだ、と話してくれた。電動車いすでそこまで出かけて行くという。
そう話している時、日常の介護をしている女性が、道を渡してあげればOさん独りで回ってくるんですよ、と口を挟んだ。一瞬私は道路に段差でもあるのかと思った。だが、そうではなかった。彼はリュウマチのため首を左右に回すことができないのだった。だから彼女が左右の安全を確認することが必要なのだ。
自らに与えられた障害を神の栄光を表すために感謝しながら生きているOさん。
今朝、私は首を回しながら、そんなOさんを思い出していた。

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2013年11月19日 (火)

妻の味

しばらくぶりに妻の味を堪能した。食事を終わって今私は満足感に浸っている。
妻が帰って来たわけではない(そうあってくれたらどんなにありがたいことか)。
実は妻の姉からたくさんの食品をいただいたのだ。富山のかまぼこを始めとして、昆布と小魚の佃煮、崎陽軒のシウマイ、錦松梅などなど、私は食材に疎いからこれ以上銘柄など説明できないのがどれも懐かしい味ばかりだった。
妻の家はその両親の時代乾物を商っていた。だから、味には人一倍のこだわりを持つ家柄だった。その家の娘は、いや息子たちまで食通で小うるさいところがあった。人形焼ひとつ買うにも上野のどの店がいいとかよく話題にしていたものだ。
農村出の私はせいぜいうどんの美味しさぐらいしか知らなかったが、妻との生活を通して食べることの楽しみを徐々に覚えていった。妻は学校の仲間を家に呼んだ時もお澄ましの下味にもこだわって皆を喜ばせた。
妻が逝ってしまってからは私は食事に注文を出すことなど全くしようとは思わなかった。用意されるものをいただくだけで十分とした。
その環境にあって、今日の贈り物は私を一足飛びにかの日の食事へと連れ戻したのだった。姉の味はかつて妻が習得した妻の実家の味であった。
私たちの結婚が妻の家族の反対を受けている中、最初に許したのがこの姉だったのだが、妹思いの姉は今日も食材に添えた手紙に「妹の分まで長生きしてください」としたためてくださっていた。

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2013年11月18日 (月)

祈りを共有する友

「主が共におられるなら」を読みました。

主が共におられることを信じて今日も礼拝に出席しました。
今月から送迎してくれる方がわたしを車に乗せることができなくなりました。
先週はタクシーで出席しました。
今日は介助の車で遅れて出席しました。40年以上教会の兄姉の支えでほとんと休むことなく出席していましたが、普通の介助車では高齢のためか不自由な身体が益々硬直して車の乗降が難しくなりました。
聖餐式には、パンはホーク、葡萄酒はワイングラスと数年前から変わりました。それでもやっと口に届く状態です。徐々に今までできていたことができなくなります。
パソコンは一本の棒を使って一個一個キーを叩いています。
今を大切にして生きています。主が共にいて力を貸して前に押し出してくれます。
感謝です。貴兄のブログ、メールに励まされています。ありがとう。感謝。

こんなメールが送られてきた。東北に住む友人からである。リュウマチの後遺症で体が硬直し不自由な生活をしているが、それを信仰の力で練り直し、力に変えてたくさんの奉仕に変えている友である。
でも、最近はメールにある通り、不自由度も増しているらしい。その友とこうしてブログを通して祈りを共有できることはなんと幸いなことか。
応答の大切さを思う。

 

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2013年11月15日 (金)

主が共におられるなら

創世記を39章まで読み進んだ。ここは兄たちの策略でエジプトに売られてきたヨセフがファラオの宮廷で王の信頼を得て、財産管理など一切を任されるまでになったことが記されているところだ。そして、この章の随所に「主が共におられたので」とそこまでになった理由が挿入されていることに気づく。
ヨセフは王の妃に誘惑を受け、それを断ったがゆえに獄に繋がれることになるのだが、聖書はそこでも「主がおられたので」「 監守長は監獄にいる囚人を皆、ヨセフの手にゆだね、獄中の人のすることはすべてヨセフが取りしきるようになった。」と述べている。
兄たちに敬遠され、エジプトへ売られ、また宮廷での信頼を失墜する、そして、獄中にいる、こうした困難、それは現代でもその姿こそ変わっても存在し続ける。我々障害をもつ高齢者にとっても然り。そのとき、主は共におられて我々を必要な人に変えてくださる、そう信じることができるだろうか。その信仰を神よ、与え給え。

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2013年11月12日 (火)

「障がい者週間」の祈り

この一週間はNCC「障害者」と教会問題委員会が全国の教会に呼びかけている「障害者」週間である。
先日の礼拝で司会者の祈りに上記委員会が作成した「障害者週間の祈り」を取り入れてこう祈った。
 神さま、私達みながイエス・キリストの身体である教会の礼拝に今朝もこうして共に招かれていることを感謝致します。
 
あなたから計り知れない命の恵みを与えられながら、私達は差別しあったり、偏見をもって互いを受け入れることができずにいます。権力や武力などの強さに頼ったり、経済優先の考え方によって人間の価値を決める社会、教育、ゆがんだ習慣などを作りだしてしまった罪をお赦しください。
 
どうか私達があなたの御言葉に従い、声なき声にも耳を傾け、互いに聴き合い、差別のない社会を作り出してゆくことができますように知恵と勇気と信仰をお与えてください。ことに「障がい」を負う人々と共にイエス・キリストの和解と平和の福音を伝え、全ての人々が生きる喜びを見出すことのできる社会を作って行くことができますように。
 神様、この恵みの礼拝に集うことが許されない多くの兄弟姉妹がおられます。どうぞ、あなたが直接その場に臨んで一人ひとりを励まし、お支えくださいますように。
 これからあなたのみ言葉を取り次ぐ先生をあなたの力で導き、支えてください。
 この心からの祈り、感謝、願いを贖い主、イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

 

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2013年11月11日 (月)

書斎の冬支度

空が青い。初冬のよい日である。今朝は新聞が来ない。普段ならゆっくり新聞を読んで、書斎に入るのだが、今朝はお陰で他の作業がたくさん出来た。
利尿剤の効果が出る前に近くのATMまで。介護サービス費用、灯油、年賀状などなど支払いが重なって財布が空になったのだ。
そして書斎の冬支度。まず寝室の隅に置きっぱなしになっていた加湿器を持ち込む。とは言ってもそう簡単な作業ではない。やっとこさ膝に載せて運ぶ。コードを付けようとすると延長コードの周囲にはホコリが広がっている。クイックルワイパーで掃除をする。タンクに水を入れるまでになったのは始めて30分は経っていた。
冬支度の中心課題はストーブの前にある机で心地よくパソコン操作ができる環境を作ることだ。ストーブの風を直接浴びるとパソコンに向かうことで乾き目になることにプラスしてより目や喉が乾くのである。そこで一計を案じてデスクに洒落たスカーフを垂らし足元に出るストーブ風を遮るようにした。机型こたつとも言ったらいいだろう。
これでこの冬が無事、快適に過ごせたらいいのになあ。

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2013年11月 6日 (水)

若き友へ

会社での出来事を率直に語ってくださり、ありがとうございます。会社という組織は私の想像できない要素をたくさん含んでいることと思いますので、適切な受け答えができるかどうかわかりません。でも、20数年多く生きてきた者の経験から少しお話しさせてください。

私も職場では人間関係にいつも悩まされていました。若い時から自説を語ることが多かったためか所謂上司からも煙ったがられました。近年、保護者の立場が教師と同等であるとの意識が強くなると、その方々からも多くのトラブルがもたらされたものです。職員室に怒鳴り込まれた経験は今でもトラウマとして残っています。

そのような中にあっても職場は私の生き甲斐でした。生徒との学習の場は楽しく、同僚との交わりは私に滋養を与えてくれました。あなたにお答えすることを用意しながら気づいたことは、私に対立する方がいる中で、私を慕い、立ててくださる方々がおられたということです。学校、学部、研究グループ、どの運営においても私は自分のできることは精一杯しましたし、その私をよしとして支えてくださる仲間がいたのです。

会社の上司が人間的に許せない言動をするのは狭い、営業成績中心の会社という職場では辛いことでしょうね。でも、どうでしょう、あなたはあなたの仕事を誠実にこなすことによって、あなたの周囲によい空間ができるのではないでしょうか。ちょっと甘い見方でしょうか?

今日も楽しく働くことができますように!

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2013年11月 5日 (火)

たくさんの頂き物

身の回りにちょっとつまむものがないと寂しい。一人の生活では話し相手がないからふと時間が空いた時に口にするものが欲しいのだ。
先日病院の売店で飴を二種類買ってきた。一つはのど飴だからしょっちゅうほうばっても問題無いだろう。もう一つは沖縄の黒砂糖飴。用心しつつもこれはつい多く摂り過ぎる。

そんな時、他所からたくさんの物をいただくことになった。
学校でなにかとお世話になった先輩S氏がご家庭でもいろいろと困難を抱えている中、遠方から訪ねてくださり、土地の名物のお菓子を持ってきてくれたのだ。
また、先日は隣の息子が、「じいちゃん、いる?」と玄関を開けて入ってきて、「修学旅行のお土産」のキャンディを届けてくれた。オーストラリアへ行ってきたとのこと。中学時代脳腫瘍のために長く治療を受けた子だけにいつも心にかけている子である。もう来年は高校を終えるまでになったのだ。
もう一つ。3日は教会では永眠者記念礼拝の日。妻が逝って5年が経ったのだが、その礼拝に東京などから子どもたちが来てくれた。そして次男の連れ合いが持参した菓子、HENRI CHARPENTIER。

一人の生活と書いたが実は、私はこんなに多くの贈り物に囲まれて生きている。そこにある愛を今日も味わいながら過ごそう。

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2013年11月 1日 (金)

聖餐に与る者

必要あって「聖餐 イエスのいのちを生きる」(新教出版社)を読んでいる。聖餐と洗礼の関係を知るためである。
日本の教会の多くは洗礼を受けた者が聖餐に与る方式をとっているようだ。教会の案内には「どなたでもお入りください。」と表示しつつもいざ聖餐となると「洗礼を受けてない方はご遠慮ください」となるのである。

聖餐をオープンにするかクローズドにするかは長い間議論されていることでそう簡単に決着が着くものではなさそうだ。場合によっては教会を二分しかねない議論となるのである。

だが私の信仰のために確認したくて聖餐論を読んでいて、イエスの愛に再び今日も触れたことは大きな喜びであった。
イエスはイエスの死後直ぐに、いや十字架の前にも、イエスを裏切る弟子たちに最後の晩餐でパンとぶどう酒を与えたのだ。それはイエスの体そのものだった。ここに聖餐の原点がある。

よく、(ヘルパーさんが来る時間になった。続きは後ほど)(介助していただいて入浴がおわったので続けよう)コリントの信徒への手紙一の「11:27 従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。
11:28 だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。」が聖餐を受ける基準のように言われるが、これはパウロの言葉を曲解している。いつか聖書研究会で聞いた話では、コリントの信徒は信仰理解に乱れがあって、働く必要のない裕福なものが先に来て飲んだり食べたりして、貧しい者が来た時にはもう食物がなくなっている始末だったという。「ふさわしくない」とはこの裕福なもののことであって、洗礼の有無ではないのである。

イエスは晩餐をとおして、食事を共にすることをとおして、求める人に救いを与えたと言っていい。
私の「必要性」は本書で満たされた思いがする。また、イエスの肉と血に与る幸いを感謝する。

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