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2013年9月27日 (金)

友逝く

Mさんが逝ってしまった。一昨日の夕刻だという。
今日は秋の陽がいっぱいのよい日である。空も澄み渡っている。いつかの運動会の日のように。
その運動会の日。私は見学に来たやがて妻になる人から、それからの交際を続けるかどうかの決断を迫る手紙を手渡されたのだった。私はその日の夜、当直だったMさんに便箋をひろげ、真っ先に打ち明けた思いがある。
その後も同い年の彼はよき話し相手として職場での交わりを持ってきた。
一面、彼は私にはない、モダンで世間通な一面を持っている男だった。出勤時にはプレイボーイなどの雑誌を半折にして、さっそうと職員室に入って来る姿は格好よかったものだ。
  
独り身の彼は定年を余して退職し、世界の各地を旅して回ったようだ。だが、年齢を重ねるに従い、移動の範囲は狭まり、つい最近までは山谷にある教会で夕食炊き出しのボランティアをしたのだったが、体力の衰えとともにそれもできなくなり、最後には自分の食事の用意も大変だとこぼすまでになった。そんな彼と土曜日の夜は競馬と身の上談義を延々としたのだったが、もうそれも叶わぬ境地へと彼は行ってしまった。

夕べ甥御さんからのお知らせを受け、私は彼が築いた豊かな人脈を辿って彼の死を伝え続けた。数々の思い出と悲しみと感謝をその言葉に載せながら。
Mさん、ありがとう。神様、Mさんを懇ろに受け入れてください。お願いします。
 
 

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