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2013年9月22日 (日)

体を献げる 礼拝の祈り

 いつも共にいて私たちを守り、導いてくださる恵み深き父なる神様。あなたの元に今朝もこうして集わせてくださいましたことに心から感謝します。
 こうしてあなたに聖日ごとに礼拝を献げることが許されていることに心から感謝する者でありますように。そして、私たちが持てるもの全てを献げて礼拝ができますように。
 
かつてアブラハムがイサクを献げて礼拝をしようとした時、あなたは子羊を用意してアブラハムを祝しました。
 
私たちも体と時間とあなたからいただいている物を献げ尽くしてこの時を過ごすことができますようお導きください。
 全国で時を同じくして献げられている礼拝もあなたの御手に中にありますように。特に、先の震災で会堂もまだ整わない東北の教会の兄弟姉妹を励ましてください。
 
神様、私たちは午後には一日研修会を持って、あなたに生かされている生活を共に分かち合う時を持とうとしています。どうぞ、あなたがその場に臨んで会を導き、証する者を励まし、導いてください。
 神様、この恵みの礼拝に集うことが許されない多くの兄弟姉妹がおられます。どうぞ、あなたが直接その場に臨んで一人ひとりを励まし、お支えくださいますように。
 これからあなたのみ言葉を取り次ぐ先生をあなたの力で導き、支えてください。
 この心からの祈り、感謝、願いを私たちを贖ってくださった主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

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