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2013年7月12日 (金)

O君を支えているもの

昨日facebookにこう記した。

「猛暑の中友はやってきた。車椅子を漕ぎ、帽子をかぶって友はやってきた。40年も前、中学部で担任をした男である。
  少し前、はがきが来て、「自力で移動できる間にお世話いただいた先生方にお会いしたいと思っています」と言うので会う約束をしたのだが、東京・世田谷に住む彼が3時間もかけて会いに来るその動機を私は図りかねていた。
  私はタオルを冷蔵庫で冷やし、汗びっしょりでやってくるであろう彼を待っていたのだった。
  部屋に入り、帽子を脱ぐと、赤く光る頭が現れた。還暦が間近という彼の人生を...私はそこに見た思いがした。
  食事をしてからの会話はもっぱら学校時代の思い出話であった。彼はもうだいぶ傷んでいるアルバムを持参したのだが、そこに写る仲間や先生方のことをやや不自由な言葉でとつとつと語って尽きなかった。
  「脳性麻痺の人で80歳を過ぎた人を先生は知っていますか」と言ってこれからの人生を心配している彼だったが、卒業後の生活や現在の状況は説明せずに彼は思い出に浸って3時間ほどを過ごした。過去の出来事がかくも人を豊かにすることを知らされてそれに与った幸いを噛み締めた昨日であった。
この写真は昭和43年、まだ彼が小学生のころのキャンプの様子である。因みに右隅に立つ男が私である。」

その続きを少しく書こう。
「彼は障害を持つ者に対する世の人の態度には敏感だった。
『先生と修学旅行に行ったことがありましたよね。バスの中にいる時、男の人が入ってきて、責任者はどなたですか、と言った時、先生が私ですと応えると、男の人はへんな顔しました。あれってやはり障害者は低く見られているということだったんでしょうか。』
私はもう大昔と言ってもいい古い出来後をそんなに鮮明に記憶している彼に驚きを覚えると同時に彼が背負ってきた重荷に思いを馳せた。
彼はこんなことも言った。
『この間、同窓会に初めて行ったんですよ。行ったとたん、Aさん(以前保母として働いていた女性)が”結婚できた?”というのにはびっくりしました』
この彼の言葉も成人すると結婚を当然視する世の風潮への抵抗かもしれない。
卒業生の中には様々な生き方をしている者がいる。彼のように心底笑えない人が、こうして訪ねてきてくれたことに私はある種の誇りを感じている。」

 

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