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2013年6月 4日 (火)

過去の存在

引き出しの中には沢山の手紙が保存してある。
夕べ、遅くなって、そろそろ身辺整理のひとつとして手紙も整理しようと思いたち、いくつかを読み始めた。そして、その中の何枚かをゴミ箱に入れたのだった。
だが、この作業はいっこうにはかどらなかった。文面に目を通すと、そこには数々の過去が存在していたのだ。妻の信仰生活を省みた彼女の昔在籍した教会の牧師からのもの、もう天に召された私の中学時代の恩師が私の個人通信に丁寧に感想を書いて送ってくださったもの、教育実習に来た学生が私と関わって、その後どう生きているかを知らせてきたもの等々、どれも重い、捨てがたい手紙であった。
手紙が捨てられないのではない。そこにある過去が捨てられないのだ。
最近は行先ばかりを見つめて生きている。人生という旅の終わりをどうすかが関心事になっている。そして、自分の存在が軽くなっている。
その時、こうして過去を再認識し、その存在を発見したことは、行く先ではなく、今を充実するに必要な、貴重なことであった。

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