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2013年4月

2013年4月30日 (火)

本音の語り

「東中国キ障共」から機関紙「シャローム」が届いた。会員が本音で信仰を書き、語るよい機関紙である。この団体の中心には難波さんという女性がいるのだが、彼女は教会の中心に障害をもつ人を、と常に叫び続けている。
先日総会があったらしい。その席での発言がこの会誌に紹介されていた。曰く、「牧師ですが、教会で牧師としていろいろな団体など教会外の務めに関わろうとすると教会から文句がでます」「(聴力障害を持つ人の連れ合いの方)礼拝の内容が専門的だったり、独自の言葉だったりして難しい。」「この時間、この曜日だったら誰でも話に来ていいよ、という教会はありますか、と尋ねたら、岡山市内では私の知る限り聞いたことはないねえ、と言われました」。
こんな率直な話し合いができる集会はうらやましい。教会では建前論が多すぎる。

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2013年4月29日 (月)

朝は思索の時 4時に目覚めてあれこれと 今日はどう過ごそうか考える
総会議事録をまとめ 午後には競馬
教会の仕事 教会通信を始めたの執筆動機 などある
そんなことして過ごそうか

今はまだ暗い朝 やがて明るい時が来る
昼は疲れ、悩む、 やがて休む夜が来る

パソコンの文字入力のままならない私
遅いこと 私の思考スピードにマッチング

以上あれこれとベッドで 携帯電話から  もうじき朝

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2013年4月23日 (火)

一人の二日目の朝

今朝起きると胸が痛い。普段より多くの回数腕を使うからだろう。一昨日は雨戸は閉めずに寝たのだが、昨日ソファーやテーブルを車椅子の力を使って移動し、雨戸が開閉できる環境を整え、しっかり閉めてから寝室に行った。また、朝晩とも冷蔵庫からの食品の出し入れが増えたりし、いつの間にか腕を使う回数が増したのかもしれない。
   
だが、筋肉の痛みよりも今、朝の爽快感が私にとっては嬉しい。家具の配置換えによってカーテンをいっぱいに開けられるようになったし、朝の光りを直接体に受けることもできる。

さらに嬉しかったのは夕べ区役所務めが終わってから電車で三男が、とうちゃん、ご飯食べた、と言ってひょっこりやってきたことだ。
九州に行った長男がなにやら連絡しておいたらしいのである。

昨日は犬を無責任に置いていったと書いたが、この件も懇意にしている家の中学生が庭に入ってきて面倒を見てくれたようだった。

一人になって、障害をもつ人はゴミの処理はどうしているのだろうと気になった。我が家の残飯容れがあふれているからである。子どもたちが今日は帰ってくるからこうして同居者のいる障害をもつ人は問題ないが、そうでない人は大変だろう。

こんなことをあれこれ思うとなんやかんや言っても私など守られていると感じざるを得ない。

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2013年4月22日 (月)

静かな朝

一人の朝を迎えた。ストーブをつけ、カーテンを開け、ポットの電源をさす。朝の空気がひんやりと気持ち良い。
 
 
 
 
息子夫婦が法事で九州に行ってしまったのだ。冷凍食品を買ってきてくれてあるので食事には問題ない。犬の世話だけが気がかりだったが、餌をいっぱいやっておくから大丈夫、と無責任なことを言って出かけて行った。これは放っておくしかない。

 
夕べは風呂の日。家族がいると湯を汚すことができないから湯船の中で体を洗うことはできないが、一人になるとこの規制からも解放される。タオルを持ち込んで気ままに体を洗い、お陰で一回のタブへの出入りで済ますことができた。

今朝は5時前に目覚めたのだが、体が張りを取り戻すまで待って6時半ごろ起き上がった。先ほど書いたような準備をして朝食に蟹雑炊をお茶とともにいただく。そして、朝日を浴びながら新聞を読む。職場に行く前のせわしない動きも、無表情に朝食をとる孫の動作もないからなんとも心静かである。

夜の間溜まったおしっこを捨て、尿器を洗い、パンツとパジャマの下を洗って今、干したところだ。今日はポストに行ってキ障協総会の会場になる教会宛に挨拶の手紙を投函し、その後、俳句集の製本、午後にはマッサージ、ケアマネジャーさんと福祉器具レンタル業者との打ち合わせ、そんなことをして終わるだろう。

こうして一日を不安なしに計画できることはありがたいことである。
   

 

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2013年4月20日 (土)

オバマ大統領の演説

12:1 こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、12:2 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。
(新約聖書「ヘブライ人への信徒」)
オバマ大統領がボストンマラソンの日の犠牲者追悼式で用いた聖書はここからの引用である。マラソンという走ることを喜びとする行事において生じた犠牲者を慰めるにはふさわしい言葉だろう。大統領は聖書をスピーチの最初と最後に用いたというから、亡くなった方を神の言葉で包んだとも言える。
だが、私はこのパウロの手紙は全ての重荷を背負って人生を走る人に向けられたものだと常々思っている。ボストンマラソンで多くの観衆が走者を激励した(その中に犠牲になる人もいたのだが)ように私たちは信仰の先達に守られて、見守られて信仰の道を走っているのだ。やがて主のもとに走り着く時、ゴールではあのメロスが喝采を受けたように、私たちも多くの友に総立ちで迎えられるだろう。そう信じて日々の走りを続けたい。
オバマ大統領の演説は神を信じる人に力を与えるものであった。

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2013年4月18日 (木)

家庭集会

今日は第三木曜日、家庭集会の日である。牧師ともう一人の女性がおいでになって三人の集会だった。
まず賛美は「匠の家に生まれ、虐げられた人の友となり、死のほか何も与えれず、十字架の上に揚げられつつ人を許した」イエスに思いを馳せたものだった。
聖書は申命記に学んでいる。今朝はイスラエルの民が守るようにと教えられている三大祭、過越祭、七週祭、仮庵祭について書かれている16章だった。ここでも神は弱い、小さな民を憐れんで救いの対象にし、またその中でも寄留者、寡婦、孤児などを大事にしていることがわかる。
こうして今朝は改めて主の愛の確かさに触れたのだった。

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2013年4月 4日 (木)

聖書に触れない寂しさ

水曜日は教会では祈りの会、あるいは祈祷会と呼ばれる集会が開かれるのが一般的である。我が教会でも長年そうやってきた。妻が元気なときは一緒に教会に行き、6,7人の方々と聖書を学び、祈りを共にしていたのだった。
ところが参加者が病気になったり、家庭の都合がつかなくなって、近年は誰も参加することのない水曜日が続いていた。週報には「祈りの会 1」と報告が載ったのだ。1とは牧師一人ということである。
今年、これに変化が起きた。牧師は祈りの会の始まる10時までは教会で参加者を待つ。15分過ぎて誰も来ない場合は出席したくとも行けない私の家でこの祈りの会を開くことになったのである。お陰で私は同じように参加を希望するHさんと豊かな主の御言葉に接することが許されたのだ。
ところがこの祈りの会の持ち方に先日の教会総会で異論が出た。教会は公の場である。「祈りの会10時」と教会に公示してある限りどなたが何時に来るかわからないから牧師は教会に留まるべきだというのだ。現状を考えて教会以外でもやっていいのではないか、との意見もでたが、結局は「正論」が通ってしまった。
こうして私は水曜日には聖書に触れられないことになってしまった。
総会の席で遠慮しつつ、長血の病の女の気持ちを私は話した。律法では出血がある女は汚れているとされる。表には出られない。だが、イエスの恵みに与りたいとその女は思った。そして、人混みに紛れてイエスに触れたのだ。
教会にもいろいろの考え、いろいろの人がいる。今回のことを主はどう導くことだろう。

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2013年4月 2日 (火)

76歳の誕生日に

76歳になった。神様に生かされ人に支えられた76年。心からの感謝を捧げたい。
フェイスブックにそう書いたら昔の「教え子」や大学の同期生、信仰の友など多くの方から祝福の言葉が寄せられた。いつも一人で生活していると荒野に独りいるような気持ちになっているが、今朝はそれを覆すいくつかの事実に出会ったのだった。
この暖かな春の雲に乗って、もう少しこの世の生を味わってみよう。

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