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2013年3月

2013年3月26日 (火)

死の神学

近く主の許へ召されるかもしれない人と一緒にいるとき、神とどんな関係に自分を置いたらいいのかと迷う。神様、あなたはこの人をなぜ召されるのですか、神様のところではどのように過ごされるのですか、私はなぜ独りにされるのですか、そんな多くの疑問が湧いてくるのだ。
ところが聖書には死についての回答がないという。神学書を読んでも慰めになるものはない。
そんな経験をした私だが、先日聖書の学びをしている時、嗣業という言葉に出合い、ふとこれは死の神学になりうるのではないか、と思ったのだった。
すべてのものの支配者である神は神の国を作るために人々を世に遣わし、人間の歴史を形成しているのだが、その過程で国を与え、人を生かし、そしてまた人を死なせる。これらはみな神の与えたもう、人間の側から言えば、神から授かる「嗣業」なのである。
愛する人を天に送る、これは神の愛によって生かされ嗣業として賜った命をもう一度神のところへ返すことなのだろう。

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2013年3月24日 (日)

受難節の祈り

 恵み深き父なる神様。今朝も豊かな恵みをありがとうございます。あなたの愛に導かれ、私たちはこうして御堂に集うことを許されました。

 今朝も同じようにあなたを救い主と仰ぐ、信仰の友と一緒にあなたを賛美し、あなたに祈り、あなたの御言葉に聞くことができることを心から感謝いたします。どうぞこの礼拝の中にあなたの聖霊を豊かに注いでください。

 今週末にはあなたの御ひとり子、主イエスの十字架を覚える時を迎えます。イエスが十字架の道を歩むとき、弟子たちはあなたを知らないと言いました。力あるこの世の人を恐れ、自らを守るために逃げ去った弟子の姿を思います。それはわたしたちの姿であることを告白せざるをえません。

神様、あなたはそんな私たちのためにイエスをこの世にくださり、そして十字架の血によって贖ってくださいました。どうぞ、その限りない愛を心からの感謝を持って受けとめ、様々な人の思いから自由になってただあなたにより頼んで生きる者とさせてください。主の十字架を自分の上に背負い、その愛を確かめる一週間としてください。

 神様、このあなたとの交わりの場に参加できない友がいることを覚えます。どうぞそのお一人おひとりに私達同様、恵みをお与え下さいますようにお願い致します。。

 あなたの力のメッセージを取り次ぐ先生をどうぞ導いてください。

 この整いません祈り、感謝、願いを贖い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

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2013年3月21日 (木)

あなた達もいただいたのだから

家庭集会の日だった。今学んでいる聖書は申命記。今日はその15章。ここには負債のある者にはそれを免除しなさい、奴隷を解放しなさいなどと書かれている。
申命記はモーセの説教という形をとっているが実はイスラエルの民が神に背き、その結果バビロン捕囚という窮地にたたされた時、もう一度主の教えを確認し、神の愛に立ち返って生きようと呼びかけるために書かれたものだという。
その根底にあるメッセージは、私たちは神様から必要な物をみな恵みによっていただいて生かされているのだから隣人にも、自分の持ち物、いただきものを分け与えなさいという思想である。土地も嗣業としていただいたもの、また、あなた達は奴隷であった時、神様によって自由にさせられた、だから負債を免除し、奴隷を解放しなさいというのだ。
自分の持ち物に固執しない、自分の持ち物は本来は神様のものと思うとなぜか安心する。

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2013年3月19日 (火)

変わってしまった友

年賀状を送ったがそのご家族らしい方から、本人は入院中ですという返事が来ただけでその後音信がなかった友から封書が届いた。年賀状のあとで病気見舞いの手紙を出したのでその返信である。
そこには手術の結果完治しましたとあった。それは大変喜ばしいことなのだが、なんとその後に続く文面に私は当惑せざるを得なかった。
私が年賀状にますます体の不自由どが増していることを書いたことを見て、私が治してあげますと彼は言う。彼が自分の家からパンチの力を発するから、私は窓を開けてそれを受けなさいとのこと。彼はどこまでも届く、パワーの発信者になっているらしい。その力で中国に赴任していた病気の弟さんまでも治癒したというのだから驚きである。
大学で哲学を学んだ男だが、いったいなにが彼をこう変えたのだろう。にわかに信じ難いことを真剣に伝える手紙を読みつつ、人の弱さを思わずにはいられなかった。

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2013年3月14日 (木)

人を診ない医師

あの高熱の日から何日経っただろう。なんとか健康が保たれて日々を過ごしている。
一昨日は泌尿器科の診察の日だった。熱の原因が尿路感染症かもしれないと一時は判断したこともあって診察にはそれなりの期待をして出かけたのだった。また、ベッドの上で体を起こして尿瓶を使うにも難儀していることにも何らかの対応の仕方が聞けるかという思いもあった。
だが、医師は尿は全く問題ないこと、エコーの結果残尿もなく、今までの薬を続けてください、と言うのみでこちらの訴えには全く耳を貸さなかった。
肝臓の定期検査に行っている病院の信条は、私たちは病気の部位だけでなく、病気を持っているその人全体に対応します、というものだが、このこころは先日の病院ではまったく活かされていない。
自分が行った手術の弁護に終始する医師は悲しいものだ。

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2013年3月 7日 (木)

加重

先日の発熱の後遺症が大きい。もう熱は出ないのだが、もう一度同じ状態になったら困るという怖れが私を捉えて放さない。不必要と思いながら体温計に手が伸びる。
昨夜、寝たのはWBCが終わり、ポルトガルでのなでしこジャパンの試合が終わってからの12時過ぎであった。
だが、目を閉じるとそこに非現実的世界が展開するという事態に遭遇したのだ。点灯していれば当たり前の空間であるが一度瞼を閉じるとそれが変化する。
数年前高熱で入院した時幻視の体験をしたが、それに似た現象である。
昨夜はしかたなしラジオを胸の上において注意をそちらにそらしながら目を閉じているといつも間にか眠りに落ちた。
発熱や痛みという病状自体も避けたいのは当然だが、それを抱えてなんとか日常生活動作をしなくてはならないこと、これは障害を持っているものにはきついことだ。その事への不安が湧くことも自然といえよう。
重さが加わってきている、そんな思いがする。

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2013年3月 5日 (火)

夢の内容

先日来熱が出て、ベッド生活をしていた。7℃5分から8℃代の熱が出ると大儀でベッドでテレビを見るともなく見るか、ラジオを聞き流すくらいなことしかできない。
それでも初日は夜は普段通り寝られたのだが、二日目となると夢ばかり見るようになった。
その夢だが、昼間テレビで見た光景やラジオの話題に関連があるよなものだったのだろうが、それらが置き換わって職場の同僚や妻の親戚の家の者、懐かしい父母が過ごした田舎の道、などが何度も繰り返して登場してきたのだった。同僚と行ったキャンプ地は美しかったし、妻の兄弟らしき者の運転は下町を自在に抜ける奔放さを持っていた。
何度か誘われて、熱のある私がドライブに出かけるのだが、すぐにまた同じところに戻ってくる筋書きだった。
もう寝るのは止めようとして、ふと夢を振り返っているうちに私は次の場所が環境を整えられて待っているような気になっていた。

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2013年3月 2日 (土)

会議嫌い

明日は第一聖日、役員会のある日である。礼拝で恵みを頂いてその後会議になるのだが、どうも私は会議というものが好きになれない。
これは今始まったことではない。長い教員生活においても会議のある日は緊張気味だった。
 梅雨の日の会議資料の重さかな
こんな句を作ったことが思い出される。
学校には60人以上の教員がいた。私は度々教務主任やら研究主任をやって、会議には議題の提出者になっていた。
現在の学校現場は管理職の権威が増して、教職員会議さえ意見発表の場ではなくなり、採決さえ許されないところになってしまったらしい。
これに反して私の職場は皆一国一城の主のような教員が多く、皆思い思いのことを発言していたから意見の一致をみるまでには多くの時間を要したものだ。
そこで提案者になるということは気苦労も多かったのだ。
また、どこの会議でも同様であろうが、意見を言う者が必ずしも積極的に労を担うわけではない。だが、それを表立って問題視するわけにはいかないからつい筋論が通ってしまう。これがどうにも腹立たしいのである。
まあ、今は会議も教会でだけ持てばいいから、だいぶ安穏とした環境にいるのだが、せめて教会の会議だけは世俗のそれと違って、各々の信仰を確かめ合う、主を証し合うところでありたいものだ。

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