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2012年12月 6日 (木)

垂乳根の

先日句会を持った。お一人は入院中で四人の句会だったがいつものようになかなか賑やかである。
兼題が柿だったのでよい句が思い浮かばず、私は
 垂乳根の母の乳房や吊し柿
を出したのだが、なんと無点句。まったく相手にされなかったというわけである。
どうも歳を重ねたご婦人達に披講する句ではなかったらしい。
だが詠み手としては懐かしい母を偲んでの句であったのだ。
湯殿から私を背負って母屋に帰る母は裸で、その乳房は吊し柿のようにシワがあった。年を重ね、苦労の末光さえ帯びた乳房だった。

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