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2012年11月

2012年11月29日 (木)

一日の始まり

新しい朝。無事に迎えられたことに感謝。
毎日いろいろのことに出会いながら生きている。その一つ一つが川べりの丸い石のようだ。
昨日は21歳で召された下ちゃんの記念日。お花を贈ったら夜お母さんから電話があった。いつまでも覚えていてくださってありがとうございます、と少し歳をとった声で、しかし優しさのこもった声で話しだした。
いえ、下ちゃんとの交わりで私こそたくさんのものをいただいたのですから、その感謝の印なのですとお応えした。
下ちゃんは筋萎縮性を持った生徒だった。懸命に生きて、よい証をいっぱい残して逝っった青年である。
来年こそ先生に会いに行きますから、と最後に言って電話は終わった。

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2012年11月27日 (火)

信仰の道ー自らへの語りかけとしてー

聖書を読んでいるとここは私に向けられた言葉ではないかと思う時がある。

先日、イザヤ書を読んでいるとまさにこの言葉こそ私に向けられた言葉だと感じたのだった。その時、私はその思いを文章にして確認したいと願った。

今日はそれを披露したいと思う。よろしかったら下記にアクセスしてみていただきたい。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/396.html

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2012年11月24日 (土)

Iさん、さようなら

Iさん、さようなら。ひと時の別れですね。また、天上でお会いしましょう。
 
Iさんはいつもニコニコしておられました。控えめで、あまり御自分を主張なさいませんでしたが、Iさんのいるところには優しい空気が漂っていました。
 
80歳を過ぎてもパソコンに興味を持って、時々わからないことがあると私の家までパソコンを持っておいでになりました。
 
私が床屋に行くのが不自由だというのでバリカンと電動の散髪器具を持ってきて髪を切って下さったこともよい想い出です。
 
また、妻が入院して私ひとりでいる時、街に精通しているあなたは古いお店から美味しいカツ丼を買って持ってきてくださいました。
 
最近は足が不自由になって教会にいらっしゃることも減ってしまいましたが、今度は不自由のない天上の教会でまた多くの方々と交わりを楽しんでください。
 
85年のご生涯、バンザイ。

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2012年11月21日 (水)

フィリピの信徒への手紙

今朝は我が家で祈りの会。テキストはフィリピの信徒への手紙を今日から用いる。
この手紙はパウロが獄中で書いたものだという。しかし、この書は一般に「喜びの書」と言われているのだ。
獄中で喜んでいる。それは何故か。主が共にいてくださる、主の苦しみに与っていることかもしれない。今、苦しみを担うものとして、これから毎週このパウロに付き合って、その喜びの理由を聞かせてもらおう。

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2012年11月20日 (火)

朝が来た。起きる前にこの平静な気持ちを携帯を用いて書いておこう。人に合わないうちのほうが神へ向かう心が強いからだ。
昨日より安心した気持ちで朝を迎えられる。身体の調子もよいようだ。
此処までで疲れた。続きはパソコンで。
よい一日になるよう祈りたい。
 
冬の朝食事のあとの童話かな

寝床の続きを書く。
食事を終え、書斎は寒いので居間で時を過ごそうと思った。足の先まで陽が当たる。こんなよい場所を捨てたのではもったいない。
しかし、新聞にひと通り目を通した後やることがない。そこで、先日旧友丘さんから贈られた童話を読むことにした。
ねこの目を通した街模様だが、なかなか面白い。人間と交わることが少なくなった小生のような隠遁者には小さな、触れ合いの豊かな世界を与えられた思いがしてくる。

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2012年11月15日 (木)

献上という精神

栃木県のある町で柿が豊かに実ったという。寒さが増して、色付きが増したのだろうか。
テレビでは皆で楽しそうに作業し、柿を磨いてつやつやにしている風景を映し出していた。
そして、これを明日、皇居に代表者が持っていくとも伝えていた。いや、持っていくと言ったのではなかった。献上すると言ったのだった。
美味しい物が採れた、美しいものが実った、されば天皇様にお捧げしよう。皇室を崇める精神が以前続いているということだろうか、商業ベースに乗った一つの催しだろうか。

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2012年11月14日 (水)

いのち

信徒の友1月号の原稿を書いている。
先日この雑誌の「ひろば」に出生前診断のことを投稿したら、原稿にして本文に載せましょう、とお誘いを受けたのだ。
原稿の中で、いのちは賜るものとい趣旨の項を書いている時、聖書詩篇127・3「見よ、子らは主からいただく嗣業。、胎の実りは報い」を引用した。そして念のため、ここを注解書で調べると、イスラエルの民は苦しい生活の中で、子どもをこう理解していた、とあった。
教えとして、教理としてでなく、実際の生活の場でいのちをこう受け止めることに感動した次第。

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2012年11月11日 (日)

いのちを感謝して受けられるよに 礼拝の祈り

 御在天の父なる神様。今朝もこうして私たちを教会にお招きくださり、ありがとうございます。
 日々の生活の中に留まりそうな私たちに聖霊を注ぎ、あなたの声に耳を傾け、あたなに助けられ、呼び出されてこうして集って参りました。これからのひと時どうぞあなたの豊かな愛のうちに過ごさせてください。
 神様、私たちは先週永眠者記念礼拝をあなたの下にお献げし、あなたによって地上の生活を終えて御下にある兄弟姉妹を偲びました。その兄弟姉妹の信仰から人は皆あなたからいのちを与えられ、あなたの示す道を歩み、やがてあなたの下に帰っていくことを知らされています。
 しかし、神様。今私たちの周囲では与えられたいのちを科学の目で選別し、障害の有無によって、生まれることの良し悪しを人が判断する時代を迎えています。
 あなたの与えてくださるいのちの旅路を障害の有無にかかわらず豊かに進むことができるように導いてください。
 神様、ここに今朝集えない友がいることを覚えます。入院中の友、様々な事情でここに集えない友。どうぞその一人ひとりがあなたによって守られ、励ましを受け、祝されますように。
 御言葉を取り次ぐ先生を導き、あなたの愛のメッセージを豊かに語らせてください。 これらの言い尽くしません祈り、感謝、願いを贖い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

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2012年11月10日 (土)

紅茶とモディリアーニ

松の木が秋の夕陽を抱いている

冬の朝赤い紅茶とモジリアーニ

蜂二匹冬の陽を浴び舞っている

冬の庭大きな朝陽が横たわる

コーヒーを飲んで秋のひと日を始めけり

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2012年11月 7日 (水)

願い叶う

電動車椅子に乗っているのだが、バッテリーのもちが悪くて困る。電気自動車も開発されて性能も良くなっているはずなのに、相変わらず車椅子のバッテリーの寿命は短い。
なにせ一度の充電で私のように屋内の生活中心なのに二日と持たないのだ。二日目になると心配で外出もままならない。
充電は主に就寝中に行う。もしも夜中に地震など何かの非常事態が起こったとしても車椅子は使えない。
以上の案件の解決にはいつもフル充電のバッテリーが用意されていることが必要だ。
先日、ケアマネさんと福祉機器貸与会社の担当者がそろったのでバッテリーをもう一台借りられるよう役場に訴えて欲しいと懇願した。
そしてこれが叶ったのだった。願いは通じた。感謝。

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2012年11月 5日 (月)

永眠者記念礼拝の日

昨日は世界中の教会で永眠者を覚え祈りをあわせる日であった。我が教会でも永眠者のご家族も集って豊かな礼拝を献げたのだった。
牧師は、キリスト教では亡くなった方を神として崇めることはしないと何度も強調した。そうではなく、神の恵みの中地上での信仰生活を許されて天国に帰った兄弟姉妹を思い、その人たちの幸いに私たちも与ることを祈り、賛美の時を持つ、それが永眠者記念礼拝である。
 
礼拝後共同墓地に眠る妻を含めた多くの人に皆で献花をした。遠くから娘夫婦や息子が参加してくれ、家の者も加わって、よい秋の日、美しい花を献げられてよかった。
ついでに書き加えれば、墓はやがて神の国が成就するまでの仮の居場所である、そうも牧師は説教の中で説いていた。

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2012年11月 2日 (金)

パソコンと高齢者

高齢者ということばはあまり好きではないが、立場を明確にするために使うことにする。
高齢者となると周囲との交わりも取りにくくなる。まして障害を持っていると外出がままならないからその度合は強まる。
その者にとって、すなわち私であるが、パソコンは世間との交わりを援助する強力な手段であるに間違いない。私など一日パソコンを介して多くの友との交流をしているのだ。
今朝も既に6人の見ず知らずの方がこのブログをお訪ねくださっている。ありがたいことである。
Facebookも持っているが、そこでは実名で近況を語っているので、より親密度が増す。今朝は50年前の教え子(お孫さんもいる立派なご婦人)が先日新聞に載った小生の俳句を読みましたとコメントを入れてくれた。
  
交流ばかりでなくパソコンは社会生活を支える道具でもある。買い物、ネットバンキング、資料探し、これらがみなパソコンで処理できるのだ。
 
「独居老人」に公費貸与する制度ができてもいいのかもしれない。

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