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2012年8月20日 (月)

よい業

耳の不自由な女性Tさんが礼拝に出席するようになった。歳を召した方だが明るく教会員と交わりをしている。
一ヶ月ほど前、私は説教で大きな恵みをいただく日があった。その時、この恵みにTさんも同様に与ってほしいと心から思った。
早速、礼拝後、どんなお手伝いをしたら説教を十分に聞くことができますか、と彼女に尋ねた。すぐには明確な答えはなかったが、この様子を見いていた教会員の一人がお隣に座ってメモをとってお見せしましょうと名乗りでたのだった。
説教は日常語と違ってメモも取りにくいだろうがその方は早速次の聖日から実行に移した。牧師も説教の概要をメモにしてお渡しいているという。
さらに、昨日のこと。若いHさんがパソコンを持ち込んで、説教を聞きながらそれを打ち込み、Tさんの前に用意されたディスプレイに映そうというのだった。残念ながらTさんがお休みだったので見てもらうことはできなかったが、Tさんが教会に来るようになって教会内に新しい風が吹き始めている。

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