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2012年7月

2012年7月31日 (火)

暑さの中で

日本中が熱に包まれているような状態だ。連日熱中症による死者の数が報じられ、水の事故が後を絶たない。
街中を歩く若者もきついだろうが、歳を重ねた者はよりそのきつさを体験している。
かつての同僚のMさんなど病気を抱えての一人暮らしだから毎日の食事の調達や人ごみの中電車に乗るのもまいる、と言っていた。
なにか夢中になるものがないと日を送れないから彼はよく馬券を買いに後楽園近くに行くのだが、私はその話を聞きながら、自分のつらさを対象化して、生きる力にしている。
どうか彼の体が守られて、そして私もめげることなくなんとか夏を乗り切ろうと思う。

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2012年7月28日 (土)

賛美歌の響き

オリンピックが始まった。
開会式が長時間にわたって行われた。イギリスの歴史を趣向をこらして演出していたが、あまり感動するものではなかった。
その中で唯一つ、建国の歴史の中で命を捧げた人たちを偲ぶ場面があったところで私の心は動いた。死にゆくことを「終わりゆく命の尊さ」と表現していたのだ。その時流れた曲が賛美歌39番だった。三節を紹介するとこうある。

 人生のくれちかづき
 世のいろかうつりゆく
 とこしえにかわらざる
 
主よ、ともに宿りませ。

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2012年7月25日 (水)

少年の日の思い出

我が家から少し行ったところに小さな町工場があった。浦野製作所といったかもしれない。従業員は浦野さんのおじさんと若い職工が一人。今のNHKの朝ドラの工務店のようなものだ。
私は遠くまで遊びに行けないので家にいることが多かったが、それでも飽きると時たま松葉杖を引きながらこの工場を覗きに行った。旧国道に面している窓が開けてあって、窓際の旋盤が上から吊ってあるベルトで勢い良く回っている。そこに職工が何か工具を接すると削られた金属が螺旋形に光りながら長く長く伸びて、やがて床に落るのだった。それは油で汚れた室内の空気とは対照的に生きもののようにも見えた。
実はこんなことを思い出したのは今朝から隣の空き地に小さなブルドーザーが入って工事を始めたからである。未だ暑くならないうちにと思って私はしばらく土を掘ってはトラックに積み込む作業を見つめていたのだ。一人になって誰と話すでもなく機械の働きを眺めている。少年の日のあの光景に似ている気がする。

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2012年7月22日 (日)

信仰と苦しみ

1:12 そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。(テモテの手紙Ⅱから)
 
この手紙ではパウロは囚われの身であることになっている。自由を奪われ、信仰の友は去っていった。
しかし、その苦しみの身も実は主の御手の中に、主のご計画の元にあることを著者は信じているのである。神の大きな愛の中での苦しみであることを確信しているのだ。
聖書の中には苦しみの系譜があると牧師はいう。その最たるものがヨブ記とのこと。ヨブは自分の信仰を誇るが、その信仰を彼に与えたのは誰か。主ではなかったのか。自らは神を知ることができない者に信仰を与え、その信仰を苦しみを通して鍛える方が神なのだ。
 
今日、明日の苦しみ、私のあなたの苦しみ、それもみな主の私たちへの賜物である。大きな主の御手の中にあることを覚えて主の証しの道を進みたい。

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2012年7月20日 (金)

句会中止

今月は私の体調を考慮して句会は中止となった。が、せっかくお寄せいただいた句を来月回しにするのは忍びない。そこでいつもどおり印刷し仲間に渡すことにした。皆さんは元気でときどき集まってはおしゃべりをするという。これを材料に句会をやってくれるかもしれない。その時のために私なりの選評を書いた。

自転車を飛ばす女児ら青田道
 青田と女の子の姿が重なって面白い。

風はこぶ風鈴の音待合室
 小さな医院の待合室。開けた窓から爽やかな風が入り、風鈴を鳴らしている。

捩花少女はこのごろ反抗期
 捻花と反抗期が対応していて面白い。

父の忌にはらから老けし梅雨半ば
 父を偲んで集った兄妹も皆老いている。梅雨の日の法事の共感できるワンシーン。

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2012年7月17日 (火)

父と娘

娘はいっぱい助けをして帰っていった。洗濯は私の生活の隅にそっと仕舞ってあったものにまで及んだ。
お陰でたくさんの衣類が陽の目を見、表を出した。
洗うばかりでなく片付けもあたかも妻のやるようにしていったから4年ぶりに部屋がすっきりすることとなった。
パンツもその中に含まれている。娘は畳んだパンツをいつも私が押し込んでおくカゴの中にしっかり畳んで整理していった。
実はこのカゴの中には紙パンツも一枚入っていた。車椅子対応のトイレがないところに出かけなくてはならないときなどのために買っておいたものだ。買ってはみたがこれを付けると尿瓶でおしっこが出来る環境でもそういうわけには行かず、濡れたパンツをそのままにしておかねばならないのでほとんど未使用のままだ。
カゴを開けてこれを発見し娘はどう思ったことだろう。
メールで事情を伝えようとも一瞬考えたが、娘の中で時間をかけて受け入れてもらうのがいいだろうと考えなおし、そのままにしている。

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2012年7月16日 (月)

新しい朝

Mini_120716_1020新しい朝がやってきた。昨日は体調がすぐれず礼拝を欠席したのだが、今朝はこうして日記を綴れる幸いを感謝している。
昨日から家のものは出かけ、代わりに娘が世話にやってきてくれている。
いつもと違いカーテンをいっぱいに広げて朝の空気を取り込み、一緒にご飯をいただいた。
土曜日には耳鼻科に行って耳の不調を訴えたのだったが、少し改善されたようにも思う。
暑い夏の日、今日を無事に過ごしたい。
 
夏カーテン開けっ放して娘と朝餉

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2012年7月13日 (金)

列車情報を熟知しないJR職員

先日、新幹線を利用して旅行に出た。上越新幹線、東海道・山陽新幹線を用いたが、乗り継ぎ駅ではあらかじめお願いしてあったとおり、駅員さんが親切に対応してくれ無事旅は終わった。
 私は車椅子を利用している。障害を持つ者にとって旅は楽しい時でもあるし、反面不安も伴う。それはトイレの不安である。多くの障害を持つ者は旅の前日は水分摂取を控えて旅にそなえる。
 先程、「無事旅は終わった」と書いたが、問題がなかったわけではない。帰り、出発駅で「東京駅からの『Maxたにがわ』は車椅子座席はないようです」と言われた。私は来る時もデッキで我慢しましたからけっこうです、と言って乗り込んだ。東京駅でも駅員さんは車両を調べ、デッキしか乗れませんね。と言って車椅子を押してくれた。
 さて、電車が動き出し、デッキの壁に掲示されている車両案内図を見ると車椅子のマークがある車両があるではないか。同伴の友が調べに行くと、三列座席の一部を二列にして車椅子でも乗れるようになっおり、近くには車椅子対応のトイレが備えられていた。ここに乗れば乗客の乗降ごとにデッキで車椅子を移動したり、トイレの心配もせずにすんだのだった。
 親切なJRの職員諸君、どうかもう少しだけ持ち場の情報を知ってくれたまえ。
                          (朝日新聞声欄不採用原稿)

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2012年7月12日 (木)

俳句の仲間

しっぷ薬はがしはがして梅雨の朝
 
腕やら肩やら胸やら昨夜はしっぷ薬を貼れる限り貼って寝た。息も苦しいし、肩凝りもある。腕の痛みは相変わらずだ。
朝はそれをめくるようにはがす。それから新聞を読み、テレビを見て、こうしてパソコンに向かう。facebookという面白いものがあるのでそこで何人かの友人の消息を知る。
 
こんなことをしていたら今しがた、メールと電話が入った。俳句仲間からだ。お一人はジャガイモをふかして持ってきてくれるという。また、お昼を届けてあげましょう、と他の方。
うれしい、うれしい。力が湧いてくるようだ。

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2012年7月11日 (水)

この疲労、なんだろう?

旅から帰って疲労感がひどい。体に芯がなくなっている。軟体動物のようなありさまだ。
こんな時は怠けるのが一番、と先輩が教えてくれた。今回の働きの成果の証しだとも言ってくれた。
もう8日目。今週末の句会も中止として、しばらく回復を待とう。

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2012年7月 9日 (月)

集う喜び

広島県忠海まで行ってきた。新幹線で6時間。長時間の旅だった。
時間だけでなく旅にはたくさんの心労がつきまとっていた。体の状態である。頻尿やら疲れやら関節の痛み、数えたらきりがない。
それらを越えて神様の呼び声に引かれて旅立った。全国キリスト教障害者団体協議会総会出席のためである。
7年前、妻とともに、会長になって最初の総会を迎えた会場に着いた。緑の濃い山の中に筋ジストロフィーの牧師が小さな授産所を誕生させ、今は大きなきれいなビルになっている社会福祉法人聖恵会・ワークホーム聖恵である。
懐かしい友や聖恵会の職員に迎えられ急ぎ総会会場へ。
その日、プログラムの最初、私は概要、こんな挨拶をした。
 
皆さんにまたこうしてお会いできて心から感謝します。私は今喜びでいっぱいです。
日々つらい中で過ごしていますの喜びはなおさらのことです。
昨年の総会から帰って私の右腕は車の運転をさせなくなりました。それどころか左の助けを借りないと挙げることもできなくなりました。体だけでなく生活の環境も徐々に厳しさをましています。
この私を今、生かしてくださるもの、力の源泉は聖日ごとのメッセージです。礼拝ではイエスが苦しみを負って十字架につかれたこと、神様によってよみがえさせられ今は光の中におられること、そのイエスは私たちを辛さをとおして訓練し、神様の子として迎える準備をしてくださっていることなどが語られます。
この恵を礼拝毎に新たにさせられる幸い。ここで生かされているのです。
これは皆さんにとっても同じでしょう。また、皆さんの団体においても言えることでしょう。
今日明日の二日間、どうぞイエスに生かされいる恵み、そこで体験する具体例などを豊かに分けあい、交換しあいましょう。
最後にこの会をご準備くださった広島障害者伝道会の皆さん他関係者の皆さんに心から御礼申し上げます。
 
結論から言えば、この挨拶は二日間をとおして見事に結実したのだった。

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栄光が現されますように

 御在天の父なる神様。今朝もあなたは私たちをこうしてあなたの家にお招き下さいました。ありがとうございます。心から感謝いたします。
 どうぞあなたが備えてくださったこれからのひとときを喜びの時として用いることができますようお導きください。
 先日は全国の障害を持つ兄弟姉妹と交わる恵が与えれました。あなたが各地にある団体を用い、そこに神様の御業を現しておられる姿を多くの兄弟姉妹の証を通して知ることができ、あなたをこころから崇めます。
 どうぞ障害を持つ者も持たない者もあなたこそが力の源、救いの希望であることを言い表し、あなたに依り頼んで日々を送ることができますように。
 本庄教会の上にもどうぞ聖霊を豊かに注いであなたに導かれる喜びの教会としてくださいますようにお願いいたします。
 私たちはこうしてあなたの下に集っていますが、ここに集えない友がいることを覚えます。どうぞその友をその場で祝し、支えてください。あなたへの賛美と感謝を私たちと共に献げることをなさしめてください。
 午後予定されている集いをお導きください。
 御言葉を取り次ぐ先生を導き、私たちの生きる力、あなたのメッセージを豊かに語らせてください。
 これらの言い尽くしません祈りと感謝、願いを救い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。 アーメン

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2012年7月 5日 (木)

妻が行った日

4年前の今日、最愛の妻は主のもとに招かれた。沢山の苦しみを負った後のことだったがよしとされた時に行ったのだろう。
この記念の日、私はいつもキ障協総会のために旅にあったのだが、今年はこうして妻が生きた家にいることができる。総会は2日、3日に広島県忠海で無事終了したのである。恵まれた良い会であったがやはり疲れはひどかった。昨日一昨日と起床は9時を過ぎざるを得ない。
妻の写真はいつものとおり小さいテーブルに飾ってある。前に沢山のフクロウが並び後ろには孫や私の写真が貼ってる部屋の片隅に。
嫁さんが昨日は白いバラを買ってきて供えてくれた。
 
最近思うことは妻はドアの向こうにいる、そのドアさえそっと押せばいつでも妻に会えるということである。だが、こちらからはドアは開かないことになっている。そう遠くない日、ドアは大きく開くことだろう。

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