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2012年4月29日 (日)

心を燃やしてくださるイエス

二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。(ルカ24:32)

イエスが十字架につけられ失望した弟子たちはばらばらになる。そのうちの二人がエマオの村に帰るところだった。そこへ主が現れ、彼らに聖書を解き明かし、同じ食卓について賛美の祈りをして、パンを与えたのだった。
その後イエスの姿は直ぐに見えなくなる。上記の言葉はその時二人から発せられたもの。

牧師は「燃えた」は「燃やされた」の意味だとおっしゃった。
失望の道を歩む者に聖書が解き明かされ、イエスを身近に感じる時、その道は希望の道になるのである。
日々の私たちの歩む道もそうありたいし、事実そうあるようにイエスは臨んでおられるのであろう。

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