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2012年4月 6日 (金)

車が行ってしまった 車の思い出その2

2日、16年連れ添った愛車が新しい主人の許へ旅立って行った。駐車場が空になり、車止めが斜めになって古び、囲んでいる生垣には紅芽が出始めていた。
 
田舎に来てから駐車場には困ることはなかった。一応駐車除外指定車両のステッカーはもらっていたが、使った例がない。どこの店にも大きな駐車場があるし、病院、教会でも同様である。
だが東京では駐車場さがしに苦労が絶えなかったものだ。宿舎には一台分のスペースが与えられていたし、勤め先にでもさほど問題はなかった。
最も困難だったのは教会に行った時だった。駐車場がない、護国寺裏の狭い路地を入ったところの教会に35年通い、その間、役員や教会学校の教師などをしていたので教会に留まる時間も長かった。
駐車は自ずから路上となる。教会前まで乗り入れるとすれ違う余地もなくなるので少し前の6mm道路に置かねばならない。そこは角があったりおまけに電話ボックスがあった。最初はマツダクーペという360ccの小さな車だったが、ステッカーを出して、電話ボックスと北国銀行の宿舎の塀の間にできる小さなスペースに置いたものだ。
だがいつもそこが空いているわけではない。そんな時はもう少し教会に近い坂道に置かざるを得ないのだが、片側は住宅で時折車の出し入れがあった。礼拝や集会が終わって車に戻るとそこに主人が待っていて、何度苦情を言われたことだろう。
35年間と先程書いたが、最後の数年は会堂を新築し、駐車場も作ったから実際は30年かもしれない。
警察に摘発されるでもなくよく東京のど真ん中で駐車場所を探しながらこうして過ごしてきたものだと思う。それだけまだ世の中が許容心をもっていたのかもしれない。

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