« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2012年3月

2012年3月30日 (金)

梅に惹かれて

120329_133102 春爛漫の昨日。車椅子で外に出ると隣の畑の中ほどにある白梅が日を浴びて輝いていた。そこまで行くのには松の木が一群をなしている間を通らねばならないのだが、用心もせず車椅子を乗り入れた。国道の向こうの木村さんが天気の良い日にはやって来て畑を楽しんでいるから通り道ができている。車椅子はスムーズに運んでいった。
梅の木はその先だった。老木が歳を経た証を見せ、ゴツゴツした肌が魅力的であった。思い切って車椅子をその下まで入れた。花が頭上にあった。
さて、帰ろうとして車椅子を反したのだがそこで”事件”は起きた。土に捕られて車が空回りする。前進も後退もできなくなった。回転する車輪の下には乾いた土がわずかに埃を上げている。通行人に声がけして助けてもらおうか。孫に電話しようかと迷いながら、空回りする側に体重をかけ、電動車輪を回し続けた。
試みること数回。再び松の木々の間を抜ける時には用心不足になっている自分に気づき始めていた。
 車椅子捕られ動けぬ梅見かな

| | コメント (0)

2012年3月29日 (木)

広がりの中で

本庄早稲田リサーチパークは小高い丘の裾野にある。まだ芽吹きには少し早かったが目の前につらなる木々はその準備をしているかのように薄く茶を帯びていた。
私はその景色を広い窓から見ながらイタリアンレストランのテーブルについていたのだ。電動車いすの生活になってこうした機会はめったにない。昨日は教会で祈りの会を牧師と共に持って、その足でここに案内されたのである。
早稲田大学の研究施設の一角にできたレストランは高い天井と広い空間を持っていた。インド人風のターバンを巻いた男がいたり、研究員らしく装った数人の人が静かに食事をするなか私は目の前の大きな自然のキャンパスの絵を楽しんだ。窓の近くには河津桜がちらほら開花し、その脇には梅が真紅で咲き誇っている。その先には電気自動車が止められ今充電中らしかった。
いつも家の中でわずかの空を見ている者には昨日のあの大きな空となだらかな丘はなんとも心休まる光景であった。

| | コメント (0)

2012年3月26日 (月)

礼拝で居眠り

礼拝中眠くなって困っている。しっかり説教を聞いていようとするのだがついウトウトしてしまう。イエスの弟子たちが襲われた睡魔が私にもやってくるのである。
睡魔の正体はいくつか考えられる。もっとも大きなものは安堵感であろう。家で一人過ごしていると不意の訪問者や電話などに常に備えていなければならない。車椅子を下りて横になってはいなれないのである。
ところが礼拝中はそういう緊張感から全て解放されて、むくむ脚を車椅子の前に用意して頂いた椅子の上に投げ出し、心を無にすることができるのである。
第二には兄弟姉妹の思いやりの中に身を置いている温かさである。重い聖書を運んでいただいたり、親しく日常を語り合える関係。ここでは家よりも周囲の人に甘えていられるのだ。
そんな環境の中で牧師からイエスの愛が語られる。日々生活に疲れている者が睡魔に襲われるのも無理なかろう。

| | コメント (0)

2012年3月23日 (金)

過去からの自己肯定

写真を整理していると忘却の彼方に置き忘れた数々の出来事に再会する。子供達と遠くに旅をした日々、妻と出会って間もない頃の生活、職場の仲間と校外学習で働いている姿、また、発表会毎にドレスを買い換えていた娘。父母の葬儀にはその兄弟姉妹が大勢集ったのだが、その人達と元気に応対している自分もいる。
それらに写る自分はしっかりと立ち、力を持ってそこに存在しているように見える。教員室で仲間の一人が撮ったであろう写真の自分は働くことを喜んでいるようであった。
誰にもその人なりの長い人生があるのは当然であるが、歳を重ねると、いつの間にか過去の日々を重く生きてきたことを忘れてしまうようだ。そして、弱った己を自己概念として不安な生活に終始してしまうのかもしれない。
この数日写真整理をしながら過去を再認識し、己を肯定できる心が膨らんだことは幸いなことであった。

| | コメント (0)

2012年3月20日 (火)

定員オーバー 車の思い出(1)

Car_lifttback 障害を持っていると公共交通機関は利用しにくい。どうしても車に頼ることになる。
だが、我が家は子どもが4人。夫婦を入れれば6人が乗らねばならなかった。普通乗用車は大方5人が定員である。1人余ってしまう。それでも家族で出かけるときには一緒に乗せねばならない。
そんな時、犠牲になるのはいつも三男であった。長男が私の脇の助手席に、次男は神経質で窓を少し開けて外気を取り込んでいたので後部座席の窓際、まだ幼かった長女は妻に抱かれてもう一方の窓際に座り、三男がその間に押し込められていた。
だが、交通取り締まりの警官がいたりすると三男は後部座席の後ろ、荷台に隠れさせられるのだった。その頃使っていた車はリフトバック式だったので車の中で移動が叶ったのである。
そうやって割の悪い立場を耐えた三男も今は立派な社会人として働いている。二人の子供は一人が大学進学が決まり、長女は特待生として卓球の強い高校にこの四月から行くという。

| | コメント (0)

2012年3月19日 (月)

洗ったパンツ

寒さが続いたこの冬、ほとんど外出することなく終わってしまった。そんな生活の中、シャツもパンツもだいぶくたびれてきたのだが、外から見えるわけでもなく、そのまま使い続けていた。
その矢先、先日姉がひょっこり訪ねてくれた。私は姉ぐらいしか頼めないパンツの購入を遠慮もせず言い出したのだった。それはパンツなら何でもいいという訳ではないからである。
姉には病気で動きのままならない夫がいる。下着の着脱がいかに大変か主人の世話でわかっている。この姉にならパンツが大きい物がいいこと、柔らかで伸び縮みするものがいいことを話せるのである。
するとその二日後、姉は早速80歳になった歳でも夫の通院のため手放せない車に乗ってやってきた。
出されたパンツは洗濯済みのものであった。普通ならお店の包みをそのまま差し出すであろうに、弟が履きやすいだろうと一度洗濯をして体に馴染みやすくしてくれたのである。
小学一、二年生の空襲に遭いながら自転車の荷台に乗せて学校に連れて行ってくれたあの時の世話心がこうして姉の体には今でも枯れずに流れている。

| | コメント (0)

2012年3月18日 (日)

千手観音へのリプライ

先日の「千手観音」への応答をいただいた。送り主は私と同様、いや私よりもずっと多くの援助を受けて生活している友である。千の手どころか万の手が付いているということが面白い。私も愚痴ばかり言ってはいられない。

「私は仕事が終わったあと、介助者が帰りの準備している時間に、個人的なメールやブログを書く。帰る準備ができれば途中でもやめることにしている。
今日は10時にデイサービスに行って風呂に入って身体を洗ってもらい、食事をいただき、ひげまでそってもらいワゴン車で職場まで送ってもらった。
貴兄以上に千手観音、いや万の手の世話になっている。デイサービスでは男性の利用者には男性の介護者がつく。服の着替えから洗髪、洗身までかゆいところに手を届けてくれる。そしてゆっくり大きな船型の湯船に十分つけてくれる。身も心もお腹も満足して帰る。本当に感謝である。3・11から1年最高の癒しの湯であった。職員もみんな優しくことばも丁寧で親切だ。良くこんなにできるかなと思うくらい一生懸命、不自由な高齢の方々を見守りお世話している。
私は、週1回のデイサービスで本当に助けられた。リウマチ友の会のメンバーには34年付き合っている人も居る。みんな痛みを抱え大変なのに良く手伝ってくれる。
生きることは沢山の人と出会い、支えあってその時々を感謝して過ごすことだと貴兄のブログを見て思った。その一番下で支えてくださっているのが主イエスキリストと心から感謝している。
いろんな人に恵まれている。恵みに足らない私を一生懸命助けてくれる。生きることは感謝だ。
多分帰る車の中で見上げる空には満天の星が輝いている。輝く星に未来を感じ感謝する。 」

| | コメント (0)

2012年3月15日 (木)

千手観音

千手観音には千の手がある。観音様の様々な慈悲が求めている人に施されるためだろう。子どもを欲しい人、病を癒されたい人。阻害されて一人悩む者。観音様は求めてくる人にはその手で慈悲を与えたに違いない。
観音様の手はそのように自らの力を与えるもの、そこから力が出ていくところである。
実は私にも多くの手がつながっていると最近特に思っている。と言ってもそれは観音様のように私の力を与えるものとしての手ではない。そうではなくて、逆に力を与えてくださる手である。
昨日は何か月ぶりかに親戚の女性が訪ねてくれたのだが、その人は子供時代よく伯父さんに連れられて遊びに来ていた人であるが、帰り際私は書いておいた郵便物を投函してくれるよう頼んだのだった。以前にはヤクルトレディに同じように葉書の投函を依頼したこともあって、そのことはこのブログに載せている。
同じ時間帯に姉も花を持って来てくれた。その時私は肌着とパンツが古くなったから買ってきてと頼んだ。
また、一人で出掛けられなくなって役場の色々の手続きも困っているのであるが、タクシー券の申請にはケアマネさんが近々行ってくださることになっている。
こうして数え上げたら際限がない。
いつの間にか私には皆さんの沢山の手がくっついてしまっている。自分で立たなくてもこれだけの手が網を張っていたらもうひっくり返ることはないだろうとも思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月14日 (水)

最後の車整備

現在の車は16年程乗った車である。常盤台の宿舎にいたとき近くの日産の営業所の方が泣き落とし同様の売り込み態度で懇願するので買うことにしたのだった。その方のお子さんが重度の身体障害をお持ちだったがあれから16年、今はどこでどんな生活をしておられるだろう。
車種はプリメーラ・カミノ。1800ccなのでかなりの力のある車である。娘を高校まで乗せたり、息子が夏休み、野球部の練習に出かけるときにも10㌔程の道をお伴したものである。
トヨタの頃は時々故障もしたがこの車になってからは一度もそのようなことはなくJAFには完全に奉仕をした格好になってしまった。
田舎に引っ込んで車はますますなくてはならないものになった。直ぐに思い浮かぶのは妻をあちこちと病院に連れていったことだ。気丈な彼女はあまり本数のない電車も利用したがだんだんと病気が進むに連れて車に頼るようになっていったのだった。
その車もいよいよ手放さなければならない。昨年の7月から上腕部の痛みが出て、リハビリをしてきたがもう限界である。
さいたま市に住む女性が引き取って乗って下さるというのでせめてちゃんと整備してお渡ししようと思い、今朝整備工場にお願いした次第である。
車に乗って50年。これから徐々に思い出話を書いていこう。

| | コメント (0)

2012年3月10日 (土)

生きる

女優の原千晶さんがアメリカ・先住民族の暮らしているアリゾナ州ナバホ居留地を訪ねた様子を今朝のテレビが伝えていた。原さんはガンに罹ったことがある女優さんだそうだ。大きな自然の中で素朴に生きている老人に、死をどう考えるか、と聞くと、彼は死を考えない、生きる美、自然の美の中で今生きていることを感謝して生きるだけだ、そんな意味の答えを返した。
なるほどなぁ、と私は力を受ける思いがした。
ここ数日体調がおもわしくなく、深夜呼吸が不安定になるともうダメかと思う。死は私たちには終わりでなく、その先には天国の生活が待っている。だから恐れることはないのだ、と自分に言い聞かせる。
目覚めてよく電話で話す友に弱音を吐くと、彼も仏教の本を見て同じ事を思うと言っていた。
そんな中で今朝のテレビ。もっと今の生きている現実を大事にせねば、と思い知らされたのだった。

| | コメント (0)

2012年3月 8日 (木)

誰を主とするか

面白い話を聞いた。犬の訓練で大事なのは細かい指示をどう守らせるかではなくて飼い主が主人であることを分からせること、それに尽きるというのでうある。犬はこの方が自分の主人だとわかった時素直に従うという。
犬の話と一緒にしてはいけないが、聖書にヨブ記という書物がある。ヨブという誠実な信仰深い男が試みに遭って全ての財産を無くし、家族を奪われ、自らの体にも腫れ物ができるという苦しみに遭う話である。
ヨブはやがて自分の誕生さえ呪うようになる。だが神様から離れることはなく、闘いながら神と対峙し続けたのだった。
次週の礼拝後教会では長い間読み続けてきたヨブ記の最終章を学ぶことになっている。ここでヨブは神様に帰るのである。それは何故に今まで多くの苦しみをあなたは与えたのかという問を解決されたからではなかった。そうではなくて、犬の話と同じように、神様こそが私の主人だと信じたからであった。どんな苦しみにあっても主は主。そこに立ち還るとき人の平和が約束されるということだろう。

| | コメント (0)

2012年3月 5日 (月)

眠るという作業

若者は横になったら自然の流れのように眠りに落ちていく。眠りという母に抱かれるようにそれは安心に満ちた心地良いものだろう。
 
私にはもうそんな豊かさはない。眠るには作業が必要になってきたのである。
ベッドに乗り寝間着に着替える作業も体の位置を変えながら、自由にならない腕を使って時間をかけてやらねばならない。
寝返りができない私は電動ベッドを使っている。睡眠後2,3時間も経つと疲れを覚えて、コントローラーで足の部分のベッドを少し上げたり、頭部を起こしたりしなければならない。トイレに起きることも何度かあるがその時直ぐに寝入れればいいのだが、そうでないと枕元の携帯ラジオをつけ、翌日の疲れを心配しながらラジオ深夜便を聞く。
こうして毎晩眠るために必要な作業をしているのが現実である。
 
だが、一人寝ではあるが眠りが与えられていることは感謝しなければならないだろう。痛みで眠ることさえままならなかった妻の最期を思うとそんな気がする。

| | コメント (0)

2012年3月 1日 (木)

病む友への手紙

Hさんおはようございます。
朝になりましたね。
昨日はあんなに雪が降ったのにその翌日の今日は暖かなよい日が与えられた。
今日はこれからしばらくぶりに買い物に行きます。プリンターのインクがなくなってしまいました。車椅子では寒い冬は外に出られませんでしたが、今日は行けそうです。
その時この手紙も投函します。
同封するものは療護園の同窓会の機関紙です。Hさんの知っている人の名前もあるでしょう。楽しんでくださいね。
3月がHさんにとって良い月になりますように。

| | コメント (0)

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »