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2012年2月

2012年2月28日 (火)

俳句のできる朝

FMから流れてくるピアノ曲に耳を傾けながら新聞をめくる。食事を終えた後もう1時間もこうして朝を過ごしている。

ふと俳句ができた。ついでに携帯電話のメモ欄に留めた俳句も披露しよう。
 
 FMと新聞の音春の朝
  春の野や光の塗装終わりをり
   冬の陽をいっぱい抱いてる毛布かな
    親介護断る記事や春浅し
     雪の庭虹の結晶ちりばめて
       春浅し孤独の中に身震いす
       春曇りその優しさに安心す
     唇に銀のフルート冷たくて
    紅ユリのやさしく開き妻の顔

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2012年2月27日 (月)

今がその時

昨日は講壇交換(講壇とは説教をする壇のこと)による他教会の牧師が説教する礼拝だった。
説教の中で朝霞市しからおいでになったK牧師は、今は恵みのときであります、それは旧約聖書の預言者がやがて救い主が現れると説いたその方が来られた時、その時代を今私たちは生きているのです、とおっしゃった。
預言が成就し、やがてまた世の終わりの時救いが完成するまでの間、その中を私たちは生きている。これはいつも牧師から聞いているのだが昨日は改めて確認させられ、感謝の祈りを献げたのだった。

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2012年2月22日 (水)

教室のような居間

壁には沢山の賞状や絵が貼ってある。最も多いのはヒカちゃんの表彰状である。習字のそれは毎年もらってくるから、今年のものに入れ替えも済まないで古いものがそのままという有様だ。他にポスター展での賞状もある。
ヒカちゃんの絵も数枚ある。低学年のときの傑作、ザリガニはもう4年も掛かりっぱなしでImg_07091ある。
最近はサッカーに親子とも夢中だから、大会や練習予定表、関係の写真がやたらと多い。先日はなでしこジャパンの佐々木監督が応援に駆けつけてくれたとかで、監督との集合写真まであるのだから驚きだ。
ヒカちゃんのことばかり言っていられない。私の大きな水彩画もストーブの上にはぶらさがっている。
我が家はツーバイフォーの何の飾り気もない家だ。居間は15畳ほどあるが特別な細工は施されておらずただ広いだけである。だから、居間というより教室で生活しているいった方が適切かもしれない。

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2012年2月21日 (火)

愛のメッセージ

朝から微熱がある。明日、俳句仲間と福祉タクシーをチャーターして山間にある民俗館を訪ね、帰りにどこかで美味しい料理などをいただく予定にしていたのだがキャンセルすることになった。
タクシーの手配をして下さった婦人に体調を話したら快く、では他の日にしましょうということになった。
そこで今回の企画を楽しみにしているもう一人の方にも詫びの電話をした。
彼女もそれがいいですよ、もっと暖かくなった頃の方がいいと思っていました、とこちらが安堵する返事を返してくれた。
その彼女の続きの会話がなんとも面白いものだったのでこの記事を書いている。
彼女曰く。先日○○さん(私)の世話をしている夢を見ちゃったんですよ。ベッドに居る○○さんの手を私がさすっている、老々介護の夢なんですけどね。いつもニコニコして皆の勝手な話を聞いてくれているでしょ。あたしはそんな男性に会ったことないし、自分ががさつ者でしょ。だからこんな夢になったんでしょうかね。
そう言って彼女は笑った。そして、何でもお手伝いできることはしますから言ってください。これから大根を煮るからよかったらお持ちしますよ、と付け加えたのだった。
もう少ししたら、笑顔の彼女が大根を持って玄関に顔を見せるだろう。

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2012年2月19日 (日)

礼拝司会の祈り 体を献じて

 御在天の父なる神様。あなたの恵みをいただき、今朝もこうして皆で教会に集うことができました。心から感謝致します。
 
どうぞこれからのひととき、私たちがあなたの愛に応えて、真心を持ってあなたへの賛美の礼拝を献げることができますように。
 神様、私たちはあなたの愛によって救いに与り、あなたの子供とされている者ですが、しかし、日常においてはあなたの愛を忘れ、自分のことのみに心を集中し、悩み、疲れております。
 でも、あなたのくださった聖書を紐解く時、あなたは常に私たちに愛を注いでおられることがわかります。
 またそこに証しされた救いの出来事を思う時、私たちは私たちの体と生活を献げてあなたを礼拝することの大切さに気づきます。
 イスラエルが羊や牛を屠って礼拝を献げたように、どうぞ私たちも心と体、あなたから戴いているものを喜んで献げる礼拝ができますように導いてください。
 献金を感謝を持って献げる者としてください。
 この喜びの礼拝に集えない友をその場で祝し、支えてください。あなたへの賛美と感謝を私たちと共に献げる時を用意してください。
 午後予定されている集会と作業を楽しい奉仕の時としてください。
 御言葉を取り次ぐ先生を導き、豊かにあなたの恵みを語らせてください。
 これらの言い尽くしません祈りと感謝、願いを救い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。  アーメン

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2012年2月17日 (金)

祈りを与えられた朝

夕べは何度トイレに起きたことだろう。まんじりともしないで朝を迎えることになってしまった。
だが、嬉しいこともあったのだった。それは5時過ぎだったろうか。突如、昨日の家庭集会での先生の聖書講解の中身がよみがえって、感謝の祈りが湧き上がったのである。
昨日の聖書は申命記であるがそこにはモーセが出エジプトの旅を振り返って、神に導かれるイスラエルの民がいかに幸せかを何度も語って聞かせる箇所があった。
先生によれば、申命記はモーセが語った言葉そのものではなく、イスラエルが捕囚に合った時、もう一度神の愛を確認するために書かれたものだとのこと。
目覚めた私は自分に注がれている愛を実感し、それに応える奉仕の業を教会で行う必然性を実感したのだった。そして、身近にあった新聞の余白に祈りの言葉を記して朝を迎えた。

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2012年2月15日 (水)

祈れる幸い

祈りの会にもう半年出席していなかった。運転ができなくなって教会に行けないからだ。もっとも祈りの会に行けないのは私だけではなく、常時出席してた方も御自分の老齢化や家族の世話でもう来られなくなっている人が多い。
そんな中、今日は牧師が我が家に出向いて我が家で二人だけの祈りの会を持った。賛美歌を歌い、聖書を輪読し、先生が聖書の証をしてくださったのだ。
そして、信徒の友に乗っている今日の祈りの対象になっている摂津三田教会を覚えて祈り、また教会の友のためにも祈りを合わせた。
二人が座る炬燵の間には聖霊が豊かに臨んでくださってその場を潤してくださっている思いがした。

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2012年2月14日 (火)

頭の体操

小6の孫の算数のテストペーパーが炬燵に置き忘れていた。見ると幾つかの問題で☓点がある。朝飯を終わった時で少し時間がある。挑戦してみることにした。
問題は10㎝の正方形に内接する円の中にできる、円に接する正方形の面積を求めよ、というものだ。もう一つは言葉で説明するには私には厄介すぎる問題だ。
両者を私なりに解き終わって時間を見るともう10時を過ぎていた。こんなに時間をかけないと解けない問題を小6の子供たちが他に幾つかある問題を含めて45分でやり終えるのは大変だろう。それとも子供達は慣れていて簡単に解いているのに私の頭が固くなっているのだろうか。孫が帰ってきたら正解かどうか見てもらおう。
それにしてもよい頭の体操をさせてもらった時間であった。

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2012年2月11日 (土)

バレンタインチョコ頂いた俳句会

二人の方から思いがけずバレンタインチョコを頂いた。もっともお一人は「仏様にどうぞ」とおっしゃったのだが、それは後でいただくと大人の味のする渋いチョコだった。
もう一人の女性のは包みを開くのに胸の高まりを感じるものだった。いや、それは大げさになるが、美しい包装紙を何度となく破らないと大奥にいるチョコに出会えない、スリルのあるチョコだったのである。
最後にはちんまりと収まっている四個に行き着いたのだった。
こうしたことのあった句会。私の好きな句を拾おう。

 診察を終えて春の睡魔かな
 
如月や雨の音して静かなる
 
蝋梅の雪おちる音文を書く
 
節分や私の出番恵方まき
 
夫帰る杖コツコツと春隣
 
傷あとに痛み覚えて寒波かな

 

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2012年2月 9日 (木)

命を終える路

「大往生したけりゃ医療とかかわるな 自然死のすすめ」(中村仁一著 幻冬舎)という本がある。しっかり自分の判断を持って読む必要がる本だが、納得できる面も少なくない。
人は死ぬ存在である、体が本来備えている生きる力がなくなったら死ぬことが自然の理なのだが、現代は人工的に、半ば強制的に医療と称して死ねない状況を造り出している、こんなことを書きたいらしい。
だからガンになったらそれに身を任せて次の世界にいざなってもらったらいいというのだ。「死ぬのは『がん』に限る。ただし、治療はせずに。」と帯に大書されているのはそうした趣旨であろう。
 
今朝の新聞の広告欄には「がんに負けない、あきらめないコツ」(鎌田實著 朝日新聞出版)の宣伝が載っている。これも読みたくなる本ではあろう。
 
そろそろ命を終える路を考えないといけない時を迎えている。

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2012年2月 8日 (水)

音がない寂しさ

夜、家族と会話を楽しむなどということはない。子供家族の関心と私のそれはまったく違うし、孫たちも私にたよることはなくなっている。
夕食を終えるといつも私は書斎に来て、ニュース番組を見たり、パソコンを楽しむ。
だが、今夜はもう10時になるがテニスやサッカーで皆出かけたままで、私一人である。夕食もお弁当を一人で食べた。こうなると家族から抜けだして書斎に来ているときに比べ、一人であることを実感しないわけにはいかない。家の中に音がないと寂しいものである。会話はなくとも家に音があるのはいいものだ。

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2012年2月 6日 (月)

今日のお昼

もう11時を過ぎてしまった。日曜日は礼拝に出て、その後役員会。疲れで今朝は起きるのが遅かった。
ゆっくり食事をして、「教会通信」を編集しようとし、そこに載せる写真を古い教会史から探しだそうと思ったのだが、肝心の教会史が見つからない。私の悪い癖で資料をあちこち置きっぱなしにするからいざ利用するときになると執筆時間よりも探しものに要する時間の方が長くなってしまう。
以前のように立ち上がることが出来れば棚の上の本も簡単に取れるが、今はそうはいかない。また、腕も痛いから書棚の奥に手を伸ばすこともできない。
諦めの悪い私は一時間以上もあちこち探したがついに見つけられなかった。
もう昼。
今日は昨日教会の友、Kさんが私のために買ってきてくれた缶詰、「とり肉味付」を頂くことにしよう。5㌢程の直径の缶詰だから一人で頂くにはちょうどよいだろう。

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2012年2月 1日 (水)

ガンを持って生きていきます

時々ここに紹介するかつての「教え子」の女性から病状についてのメールが来た。車椅子で和服を装ったりして快活に生きている人なのだが、思いがけず直腸がんにかかって今手術前の日々を送っている。
メールは彼女の生き様を示す美しいものだった。電話で先程話し、通院の苦労や悩みを共有したのだったが、その際メールをここに紹介することを許していただいたので以下に示す。
 

おはようございます。今日外科の医師との打ち合わせに行きます。セカンドオピニオンもうけたし、もう、仕方がありません。
「私らしく」をもっとうに生きていきます。着物も着ておしゃれもし、かわいいおばあちゃん「抜けてるバーバーで」生き抜いてみせます。生意気なようですが、○○子さん(2歳先輩のやはり私の「教え子」)がおっしゃっておられたように、いい意味でも悪い意味でもハメをはずして生きたいとのこと。私も共感を覚えました。なかなかハメって外せないものですが、この歳まできちんと生きられたことに感謝です。障害を持ちながら、自分らしく60年も生きて、周りにもそんなに迷惑も掛けず、生きてこられて「バンザイ」だと思いますよ。
良い事も悪いことも、あったけどね。まだ食べること、おしゃれすることを忘れないうちは大丈夫でしょうね。又、メールします。

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