« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

2012年1月30日 (月)

他人を理解すること

入れ歯が出来た。今までも一本あったのだが、今度は3本増え、しかも歯茎のようなものが上顎のところに広がってしまった。
歯科を終えてリハビリ科へ行く前にガムを噛んだところガムがその歯茎のようなところに張り付いて取れない。噛むどころではない。
食堂に入り、ビーフカレーを注文する。するとその部分では味がわからない。料理の美味しさの一部をカットされることになる。
入れ歯使っている人は多い。総入れ歯の人さえいる。妻もそうだった。そんな人はこうして味の何割かを減じられた食生活をしていたのだろうか。
その立場にならないとなかなか他人を理解するのは難しいものだ。

| | コメント (0)

2012年1月29日 (日)

吹雪の中で

吹雪があるから花も色が出て、俺達にも美しさがわかるんです。吹雪に耐えるのではないんですね、その中で共に俺たちは生きているです。(山形県の花農家)
 雪に覆われている中でせっせと花づくりをしている方がこうおっしゃっていた。いい言葉である。

| | コメント (0)

2012年1月26日 (木)

学びゆく関係

朝の務めを終えて、こうしてパソコンに向かえる恵みに感謝。昨日はかつての同僚から入院中との知らせをいただき、今朝は「教え子」からセカンドオピニオンの結果を聞いたのだが、それにつけてもこうして朝を迎えられることの幸せを実感している。
 
今朝お知らせしたい喜びは朝日新聞で高橋源一郎氏の記事から得たものである。直接引用したいのだが著作権の問題もあろうから私の言葉で言えば、氏はある施設で重症心身障害を持つ赤ちゃんを抱かせてもらったとき、この世に「天使」がいるとするなら、この子かと思ったというのだ。それはなぜかと言うと「もっとも弱い存在」でありながら、それに触れる者を、つき動かし、変えずにはおられない力を持つからだとのこと。そう言った後で、高橋氏は「それは最良の『教師』の姿ではないかとぼくは思ったのだ」と締めくくっている。
 
なかなか今回の記事は簡単には多くの人には理解しにくいところもあるだろう。
記事の中では「きのくに子どもの村学園」にも触れている。実はここの学びの姿こそが私が現役中理想とした教育関係の姿なのである。長くなるのでこれ以上は説明を省くが、省略的に言えば、教育は個の発見から出発し、「教師」と子供は共に学び、成長する関係の中にあるということである。
 
昨今、教育の成果が問われ、教育までもが実利主義に陥ろうとしている中、今日の記事は湧き水の潤いを感じさせるものであった。

| | コメント (0)

2012年1月25日 (水)

コダクロームを懐かしむ

写真をやっていた頃、日本製のポジフィルムはどうも性に合わなかった。確かに美しいのだが色が表面的で、浅い気がしていたのだった。
それに比べてコダック社のフィルム、コダクロームやエクタクロームは色に艶があり、奥深さがあった。コダクロームは重量感を持ち、人間を撮ればその人物の生き様を表せたし、エクタクロームの持つ透明感は自然や人の優しさを醸しだすのに適していた。
これらのフィルムをディスタゴンやプラナーのレンズを付けたカメラに詰めてモデル撮影や撮影旅行に出かけたのはもう30年前の思い出となった。
コダック社のフィルム界からの撤退は写真を離れた自分にとっても寂しい出来事である。

| | コメント (0)

2012年1月22日 (日)

礼拝司会の祈り

 私たちを守り、導きたもう主なる神様。
 今朝もこうして教会に一人ひとりをお招き下さりありがとうございます。
 先日私たちは御子の降誕を祝い、そして、今、私たちは御子を下したもうたあなたの恵みの日々のうちに生かされていることを覚え心からの感謝を捧げます。
 私たちは栄光の主、神様の国へ旅を続ける群れです。どうぞ私たちがそのことをしっかりと胸に刻むことができる信仰を与えてください。
 東日本大震災によって起こった多くの困難は依然止むことがありません。幼子からお年寄りまで言い尽くせない不安と苦しみを抱えています。また、私たちの周りにも体の弱さを抱えている人、生活に困っている人などが多くいます。
 しかし、神様、どうぞあなたがすべての人を、あらゆることを覚えておられ、良き道に導いてくださることを祈りのうちに確信し、希望をあなたに見出して日々歩んでいくことが出来ますようにと祈ります。
 この礼拝に集えず、それぞれのところで祈りを合わせている友が多くおられます。その方々の上にも等しく恵みと導きがありますように。
 これから御言葉を取り次ぐ先生を導き、豊かにあなたの恵みを語らせてください。
 これらの言い尽くしません祈りと感謝、救い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。 アーメン

| | コメント (0)

2012年1月20日 (金)

朝夢

5時過ぎに目が覚めた。眠くもないのでしばらく静かな時間を楽しむことにした。朝のこの時間はあれこれ思いめぐらすにはもってこいの時なのである。
ふと先日デイサービス施設を開所した知人のことを思い出す。まだ利用者が決まっていないようなので私のケアマネさんに適当な人がいたらよろしくと昨日お願いしたのだった。
 
どんな人達が利用して、どう過ごすのだろう、と考えるうちに、一般的に行われる折り紙や遊戯、習字などの他に俳句をやっても面白いかなと気づく。いや、俳句などと形式ばる必要はない。短い言葉の表現、それでよいかも知れない。言葉の表現は人間の本来的な欲求の一つなのだからきっと楽しいに違いない。一週に一度私が伺って利用者さんと交わりながら奉仕ができたらいいなぁ、そんなことを思いながら朝のベッドの時間を過ごしたのであった。もちろんこれは朝の夢である。

| | コメント (0)

2012年1月19日 (木)

孫の合格

ハルちゃんが高校に合格した。心から祝福したくなって大声で「おめでとう」を浴びせてしまった。
勉強をほとんどしないでテニスばかりやっている子だからもしも落ちたら進学先を見つけるのは難しいだろうと心配していたのだ。
はるか西の国、山口県まで行くのだが特待生として受け入れてもらったのできっとテニスで頑張るだろう。
一年に一度しか帰省できないそうだが若い身、うまく適応してくれるだろう。
保育園にいつも送り迎えし、テニスクラブにも私と一緒に送っていくことが多かった妻のことなどハルちゃんはすっかり忘れているだろう。
皆に支えられて新しい進路を拓いたハルちゃん。頑張れ!

| | コメント (0)

2012年1月17日 (火)

学校行事における日の丸君が代

学校行事で日の丸に向って起立し、君が代を斉唱しなかったということで処罰された教員がその不当性を訴えた裁判に判決があった。
最高裁判所はそのことを理由に減給、停職は慎重でなければならないとし、処分の撤回を言い渡した。戒告は不利益処分にはならないから撤回までは必要ないという。
大阪市長となった橋本氏が条例か何かで2回職務命令に従わなかった教員は即免職とする規則を作ろうとしているとき、今回の判決は歓迎すべきものだといえる。
なし崩し的に君が代が国歌とされ、日の丸が国旗となり、それらが学校行事で用いられことが法制化されてしまったのだが、各学校に監督者まで派遣して「違反者」を見つけ出そうとする都教委の姿勢、それを拡大させようとする大阪市政には憤りを通り越して滑稽さまで感じる。
しかし現実はそんな傍観者的な感情にふけっているわけにはいかない。なぜなら現場の良識ある教員は間もなくやってくる卒業式のシーズンを迎えてまた心を悩ませなければならないからである。
尤も、若い教員たちの中にはさして問題を感じることもなく淡々と決められたことに従う者も多いそうだ。うーん。

| | コメント (0)

2012年1月16日 (月)

出会い

今日は月曜日。生協の配達のある日である。
犬が鳴くので玄関に出てみるとちょうど配達員が荷物を下ろしているところだった。玄関脇につないであるので犬が邪魔にならないだろうかと気にして「大丈夫ですか」と声を掛けると「大丈夫ですよ」とのこと。「ご苦労様です」と言って私は戸を閉めた。
すると配達員が「ああ・・・」と何か言いかけたのでもう一度戸を開けた。すると「私は以前板橋の方で配達をしていたんですが、その時和子さんには大変お世話になりました」と思いがけないことを言いた出した。
私が住んでいた常盤台の官舎に長年配達をしていたそうで、☓さん、△さんなど幾人かの懐かしい名前を挙げてくれた。
和子が今日名前が出たご婦人たちと楽しそうに、せっせと配達物を仕分けしている姿が彷彿としてきた。そして、こうして名前を覚えていてくださる方がいることに私はここしばらくなかった胸の高鳴りを感じ、喉が締め付けられる思いをしたのだった。

| | コメント (0)

2012年1月11日 (水)

雪の朝

Photo 外が怪しくなってきた。空がねずみ色になり、雪が来そうだ。
今は雪でも雨でも関係のない生活をしているが、勤めているときには天候は行動を大きく作用した。
とりわけ雪は障害であった。松葉杖の私には雪の道は歩けないからである。Photo_2
雪の朝、まず妻がやることは団地の庭に停めてある車までの除雪であった。障害を持たない人にはなんでもないほどの積雪。誰も除雪などはしない。そんな中、妻は一人長靴を履いて、毛の帽子を被り、スコップを持って雪かきをしたものである。
強靭な、頑固なまでの心の持ち主の彼女は愚痴も言わず、当たり前のように黙々と私のた めに道作をしたのだった。

| | コメント (0)

2012年1月10日 (火)

ユダとペトロ

西郷隆盛や織田信長などの歴史上の人物をテーマに著書を著し、「ドストエフスキーの弟子」であることを自認する我が先輩U氏から「ユダを顕彰する」と題した文章が届いた。ユダこそイエスの真の理解者であるという思いがけない内容であった。氏は私に感想を書くようにとのこと。寄せられた文章の概略と私の返事を小生の下記HPに載せたのでご覧いただきたい。

http://homepage3.nifty.com/bridge2/388.html

| | コメント (0)

2012年1月 9日 (月)

天国の誕生日

誕生日おめでとう。74歳だね。神様の許では歳はあまり関係ないのかな。
今日はね、いつもと違って風もなく、穏やかな一日だったよ。ハルちゃんは山口県の高校の受験を済ませて昨夜遅く帰ってきたけど、あまり出来なかったんだって。僕達の育て方と違ってスポーツ中心に進路選択をやっているけど、君がいたらいろいろ言いたいことがあるだろうね。僕も黙って僕達と違う育て方を見守っているから、君も天からそっと覗いていてね。
書斎にいる時間が一日の大半を占めるようになってこのところ落ち着いた生活を送っているからあまり心配しなくて大丈夫だよ。
ただ、君がいれば雑談したり、たまには買い物に付き合ったりできるのに一人だからいつもパソコンに向かったり、携帯電話で情報をとったりして目や肩が疲れるね。生活に落ち着きもない気がする。
さっき居間にいったら君の写真の前の花が新しくなっていたよ。誕生日を思い出して替えてくれたのなら嬉しいね。
一緒に奈良、北海道、沖縄などに行けなかったのが心残りだけど、そんなことより42年間一緒に生活できたことが素晴らしい宝になって僕の中にある気がする。ありがとうね。

| | コメント (0)

2012年1月 6日 (金)

諦めでなく信頼を

岩手県に住む信仰の友からメールをいただいた。いつも励ましをいただく友である。
多くの人を生かす言葉であろうと思い、ここに紹介させてもらう。

あけましておめでとうございます。
去年は大変お世話になりました。雪の多いマイナス8度の厳しい寒い正月でした。
昨日から仕事を始めています。今日は少し落ち着いた日になりそうです。来所者と新年の挨拶を交わしながらPCに向かっています。
「教え子の親切」を読ませていただき、みんな先生を心配しているのだと思いました。私も12月2日に緊急入院した病院で、救急車で搬送されて最初に会った看護師さんが、塾の生徒で「先生?」と声をかけて処置をしてくれました。12時を40分過ぎた時間に働いている生徒に感動しました。
私のようなものでも、「先生」と声をかけてくれるとうれしくなります。塾をやってよかったなと心から思っています。
教会の送迎、貴兄もいい牧師、いい兄弟姉妹に恵まれていいなあと思います。
私も、40年間以上たくさんの兄姉の送迎を受けてきました。老いるということは障がいと同じように、今までできていたことができなくなってきます。
私は聖餐式のパン、盃を口に運ぶことが数年前よりできなくなりました。パンには長いつまようじをさしてもらい、盃はワインカップにしてもらっています。
できないことが多くなることは自然で、それを自然に受け入れていくことが大切だと考えています。
我が家の修復は、補強して強い地震がきても大丈夫なように直してもらうように大工さんと話しています。3月11日以降1回も中に入っていません。写真で1部分を見ただけで全体は見ていませんので、全体的な構想はつかめていないので見通しが立てられないのが現状です。すべてを神様を信頼してゆだねていくだけです。
諦めではなく信頼です。
今年も、神様が私をどう持ち運んでくれるかを楽しみにして過ごしたいと思っています。
今年も宜しくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 4日 (水)

句集あとがき

 あとがきに代えて 
 句集「木曜の朝 第2集」ができたことを仲間の皆さんと共に喜びたいと思う。実は現在、同人の一人の方の都合があって木曜の朝ではなく、金曜日に会を持つことが多くなっているのだが、1集とのつながりを重んじて、「木曜の朝」という名前を踏襲することにした。
 もうこの句会が始まってこの正月で56回ほどになるが、当初は町の女性センターなどを利用して開いていた会を、妻が亡くなり、私も外出しにくくなったことなどから、平成20年秋から私の家で持つことになったのだった。
 特記すべきは、その頃から、句会が終わるとめいめい持ち寄った自慢の料理をいただきながらお昼を共にするのだが、これが今でも続いていることである。我が家に迷惑をかけないようにと紙コップからお湯まで持参されるのには恐縮という外ない。句会に2時間、会食に1時間、なんとも楽しい「金曜日の朝」ではある。
 ではいったい、なぜにこうして60回もこの会が続いているのだろうか。私なりに勝手に想像するに、その第一の理由は会の性格にありそうだ。実はこの会には主宰はおろか、指導者、先生がいないのである。ものの本によると「先生のいる句会は文芸の場の要素が多く、先生のいない句会は遊びの要素が強い」、だから「俳句を学びたいと思っている人は先生のいる句会に行く」ことが薦められるし「俳句を楽しみとしてやりたい人は先生のいない句会でいいのかもしれない」ということになる。
 これは一理あるとも言えるが、必ずしもそうではないこともある。句会の常道は投句、清記、選句、披講、講評であるらしいが、この「先生中心」の句会には会員同士が自由に互いの句を鑑賞する場がなかなか持てない。それに比べて、先生のいない私たちの句会は選句の後、その数を発表するだけでなく、自由に感想、批評を述べ合う、その時間に大半を費やすのである。そこで各自が何かを学び取ることも多々あると考えるのが妥当だろう。現にお一人の方は年賀状に「一字直ったら句らしくなり、とても勉強になります」と書いておられるのである。
 もう一つ、句会が長続きする理由は体験の共有ということにありそうだ。その俳句に詠まれている素材、心情、内容に共感し合い、暫くの間、楽しいやり取りが続くことがしばしばあるのである。人間誰でも自分の感情が受け入れられ、共感されれば嬉しくなるものである。これを先の文のように「先生のいない句会は遊びの要素が強い」と言うのならそう言っていただても構わないだろう。その「遊び」は尊い遊びである。
 今後もこの会が長続きして、お互いに周囲の自然や人の営みに細やかな視線を注ぎ、日々の生活を豊かにしていくことができたらどんなにか嬉しいことだろう。俳句雑誌や俳句番組を楽しんだり、そこから学んでいる仲間の方々が、この小さな会も大事なひとときとしてこれからも守って行ってほしいと願わずにはいられない。

| | コメント (0)

2012年1月 3日 (火)

初夢

 子や孫等渦巻いているお正月
普段一人で過ごしている者は大勢の人の中に身をおくとその濃厚さに圧倒されてしまう。元日はまさにそんな一日だった。
家にはいつも4人がいるのだが私は独身であるかの如き立場に身を置いている。生きる世界が違うせいか、はたまた個々の性格によるのか会話もほとんどない。そんなところに他所で暮らしている3人の子供たちが連れ合いや子どもと共に集合するとその賑やかさといったらないのだ。親子の交わりも復活し、私もしばらくぶりに多弁になる。
すっかり疲れて元日はよく眠れた。
 
そして今朝。2日の夜の夢は初夢とは言わないかもしれないが、なぜか起きてからも鮮明に脳裏に残った夢だった。
職場時代の仲間が大勢登場していた。年休を取ろうとしている私がふとその日は補講要員が少ないことに気づき慌てて出勤の準備にかかった場面も出てきた。目が覚めて、ようやく現役でないことにほっとしたのには自分ながら滑稽であった。
退職して15年目に入ろうとしている正月、まだまだあの当時の空気が私を取り巻いているらしい。それだけ重荷を背負っていたということか、生かされていたと考えるべきことか。お粗末な初夢披露である。

| | コメント (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »