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2011年12月

2011年12月31日 (土)

フクロウさんからの慰問

Img_0698 フクロウさんがまたやってきてくれた。時折こうして「叔父さん元気ですか」と訪問してくれるのだ。ヨーロッパ数カ国をめぐったYちゃんに連れられて、お菓子と共にやってくるフクロウたち。ありがたいことである。
今回はちょっと変わったフクロウがいた。回り灯篭のように、熱い風を浴びて回転するフクロウたちである。
フクロウは今回もフクロウ展示館に納まってもらったので興味とお時間のある方はどうぞお立ち寄りいただきたい。

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2011年12月30日 (金)

キリストを信じる人に歎異抄の薦め

「歎異抄をひらく」(高森顕徹著 1万年堂出版)読んでいる。親鸞の信仰が平易に説かれたよい本である。
私がもっとも惹かれる理由はキリスト信徒である私に神中心の信仰をもう一度確認させてくれるところにある。キリスト教では福音、神の愛、聖霊などと言われることを歎異抄では「本願」と言うらしいが、ともかく救いは神から、いや歎異抄の場合は仏から来る、仏の世の人々を救いたいという慈悲、本願から来ることをしっかり説いているのがどうも歎異抄らしいのである。
言い換えれば人は自らの力、努力では救いに与れないのだ。歎異抄の代名詞になっている「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」の名文句にもキリスト教の信仰理解を助ける真髄が隠されている。律法学者や祭司で代表されるよな世の「善人」、それらの人も神の救いの対象になっているのに自らを取り柄のない、汚れた者と認める「悪人」をどうして仏が救わないわけがあろうか、その人こそ他力的、神、仏中心の信仰の持ち主ではないのか、と歎異抄は言う。200頁の脚注には「他力の信心」を「阿弥陀仏から頂く信心」と解説しているが、私たちキリスト信者ももう一度神の憐れみによって救われる信仰を思い出すべきであろう。
クリスマスはその神の憐れみが御子の降誕という事実で示された出来事だったのだ。感謝。

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2011年12月29日 (木)

祈り

先日「『教え子』の親切」と題して紹介したTさんからメールが入った。明け方に打たれたメールである。その題はなんと「私もガンです」というものだった。
今、私には掛ける言葉もない。心を抑えながらこう返事を書いた。
 「そうですか。びっくりしました。転移がなければいいですね。過ぎたことは悔やまないのがあなたの生き方でしょうから、これからを上手に過ごしてくださいね。
夜中でもメールはいっこうに迷惑なんていうことはありませんし、もし誰かに話したかったらいつでも電話してください。携帯の番号は ****です。
妻の経験からいろいろとがん治療には言いたいことがありますが、人それぞれに適切な対処法がありますので、その都度もしもお役に立てるようでしたらお伝えしたいと思います。
新年の用意も気がかりでしょうね。ではまたメールをください。
あなたを覚えて新年を迎える「先生」から。」
神様、どうぞこの姉妹を支えてください。

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2011年12月25日 (日)

クリスマスの献金感謝の祈り

神様、感謝します。沢山の恵みに感謝します。
あなたは御一人子イエスを私たちにくださいました。混乱と悲しみの世に大切な御子を与えて下さいました。私たちはそのあなたの愛の業を今日あたらに教えられ、感謝します。
また、今日二人の姉妹を教会の群に加えて下さいました。あなたに従ってこれからの人生を生きようと決心された姉妹をあなたは受け入れてくださいました。どうぞ姉妹をあなたに御胸の中に抱き、その生涯を導いてください。
また、新たに一人の姉妹を加えて下さり感謝します。共にあなたを賛美し、あなたに従う者としてください。
聖餐式に与る恵みもいただきました。御子が血を流した象徴である聖餐を受け、それが私たちへの愛のしるしであることを覚え感謝します。
今、献金を捧げます。どうぞこの良き日の喜びを多くの人に伝える業にお用いくださいますように。主イエスの御名によってこの祈りをみ前に捧げます。

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2011年12月23日 (金)

「星の王子さま」から

「君がバラのために失った時間こそが、君のバラを、そんなにも君にとって大切なものにしているんだよ。」(NHK今朝のBS放送 南果歩出演番組から)
星の王子さまにキツネがこう言った。王子さまが星に帰る時が来た時だった。
王子さまはバラに慰めを受け、水をやり、共に多くの時間を過ごしてきたのだった。
失った時間、その失った時間を傾けた対象に人は生かされる、いいことを今朝は聞いた。

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2011年12月21日 (水)

車椅子の人の肯定

美容師さんに来てもらって髪を切った。自分で出かけていくことが難しくなったからだ。
若い美容師さんは気さくな人で、いろいろ雑談をしながら手際よくカットしていった。
実は二週間前ぐらいに予約したのだが、なかなか忙しくてようやく今日実現したというわけである。それだけ多くの方が自分で散髪にでかけられないでいるのだ。話を聞くと、施設や病院に行って、数人で一日三十人もの髪を整えるという。
そんなことを話してくれている中で、車椅子の人のカットはありがたいんです、と彼は言った。どうしてですか、と聞くと、ベッドの人の場合はストレッチでもするかのような姿勢を取ったりしながら髪を切らなければならないこともあるのだという。なるほど、と納得した。ベッドで自由に姿勢が取れない人の髪と切る場合、髪の毛の処理や、切ってもらっている人の疲れなどいろいろと配慮しなければならないのだろう。
私は車椅子で店に入って切ってもらう時、いつも若干の引け目を感じていた。車椅子では店員の作業しやすい高さになれないし、車椅子の後ろに付けた補助輪も邪魔になるだろう。そう思うからである。
ところが今日は別のメッセージを聞くことが出来た。受け入れられた安心感を持ったのである。

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2011年12月19日 (月)

聞いた話

先日ふとラジオを聞いていたら歎異抄でのお経の意味について語っていた。
親鸞は歎異抄の中で葬式でお経を唱えることによって死者を極楽に送ることはできないと言っているとのことだった。
ある日釈迦が池の近くにいると弟子がやってきてお経を唱えたら死者は極楽に行けるでしょうかと尋ねたという。すると釈迦は池に石を投げ、石が沈んでいくのは石の重みで沈んでいくのであって誰もそれを救えるものではないと答えたのだそうだ。
仏教では本来、葬式でお経を唱えることなど教えていないのだから、死後の世界を云々するよりも今生きる毎日を佛に従ってどう生きるかが肝心であると歎異抄は教えている、そう歎異抄を語るラジオの声は伝えていた。
 
以上は寝ぼけまなこに聞いた話だからあまり信用して欲しくないが、キリスト教でも本質的には同じことが言えるのだろう。葬儀で説教によって死者を崇めることはもちろん適当ではないし、歎異抄で教えるとおり、私たちはイエスに従ってどう生きるかが常に問われているのだ。死後はそうして生きた自分を神様に委ねることしかできないだろう。

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2011年12月18日 (日)

主にある交わり

牧師さんに送迎をしていただいて礼拝に出席してきた。重い電動車椅子を後部に収め、私を助手席に引き上げてくださっての送迎である。
教会に着くと受け付けのK兄が分厚い聖書と讃美歌、交読文を棚から下ろして私の指定席に持って行ってくださり、むくみがちな足を保護するために車椅子の前にスチール椅子を用意し、その上に乗せてくれる。
いつもこうして礼拝を守るのである。
礼拝後はホールに移って交わりを持つが、その時も誰か必ずお茶をテーブルに運んで、どうぞ、とおっしゃる。トイレに行く時にもHさんなど先に走ってドアを開けてくださるのだ。
こうして教会は私にとって最も安心して過ごせる、私のホームになっているのである。
感謝。

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2011年12月15日 (木)

一人になった「友」のことば

未だ遺骨が部屋にあります、とその「友」は言った。初めてクラス担任をしたときに持った男である。
手紙を書こうにも今彼がどんな心境かわからない。慰めるにはあまりにも悲しい奥さんとの別れである。そこで夕食をしているかも知れないと案じつつ電話をした。
意外にも彼の声はしっかりしていた。声だけでなく一方的にしゃべる内容も理屈に合ったものだった。
夫婦といえども何時かは別れなければならない、だとすると歳を取ってから別れるより、今なら自分の生活を守っていく力が残っているからよしとしなくてはならない。悲しんでいては生きていけない、定年になったが嘱託で市役所に出ていることをバネにやっていきます。
彼はこんなことを早口にしゃべり続けた。
「あまり酒を呑むんじゃないよ」と私が言うと、「先生、飲んだら何もできないよ。今までなら酩酊しても後の片付けや戸締りは彼女がやってくれたけど、今は全部終わってから飲んでいるから大丈夫だよ」と少し本音とも思える現状を語ってくれた。
「帰って来ても家は真っ暗なんだものね」、「誰もいないところに『ただいま』と妻に言うように入るです」。
「そうだね、私も独り言が多くなっているよ」と応えて私は電話を切った。

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2011年12月13日 (火)

甘いホウレンソウ

年賀状の季節。姉が年賀状の宛名印刷を頼みにやってきた。昨年は義兄が入院していたので控えたのだが、今年は出すという。こじんまりと二人で過ごしているのだから、印刷するといっても14枚に過ぎない。
居間に入ると姉はセブンイレブンで買ってきた寿司、アンマン、それに家から持ってきた白菜の漬物とホウレンソウの茹でたのをテーブルに広げた。一人で昼飯を食べる弟への思いやりである。
私のパソコンに入っている住所録を開いて、直ぐに宛名印刷は終わった。姉は余分に買ってきた葉書を置いたまま帰っていった。
昼になって、いただいたもので私は昼食をとった。漬物とホウレンソウのおひたしを皿に盛って、姉が持ってきた鰹節をふりかけていただいたのはいうまでもない。
ホウレンソウの甘さが口の中いっぱいにひろがっていた!

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2011年12月12日 (月)

「教え子」の親切

昔学級担任をした「教え子」からメールをもらった。自らも車椅子を使っている障害の持ち主なののだが、それはそれは積極的に生きている女性である。
ありがたくいただいたメールの一部をここに紹介させてもらう。
 

寒いですね。お元気ですか?

今日は同窓会の幹事会があり、その後、忘年会がありました。

SY先生、SH先生、AH先生が来られました。

SY先生が先生のこと心配しておられました。

昼間一人なんですって?ゴハン、ちゃんと食べてますか?ポットのお湯をかけるだけの食事だとか、聞きましたが、ヘルパーは来てもらってないのですか?先生ね、介護保険で30分単位で来てもらえるらしいですよ。昼食準備と洗濯だけやってもらえば良いと思います。それに後は御自分のお部屋の掃除。

そうすればお嫁さんの負担も軽くなるのではないでしょうか?他人が入ると色々な面大変ですが、私は開き直ったほうが勝ちと思います。

ある程度、見て見ぬふり必要ですが、お湯注ぐだけの食事より良いと思いますよ。

もっと近ければ、私が何か作ってあげられるのに。

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2011年12月11日 (日)

主よおいでください アドベントの祈り

 私たちを守り、導きたもう主なる神様。
 今朝もこうして教会に一人ひとりをお招き下さりありがとうございます。
 私たちは今、あなたの御子主イエス様が私たちの許にやって来られるのを待つ時をいただいています。
 私たちが生きるこの混沌とした世でこれからどう生活していけばよいのだろうかという心細さ、隣人と心通わせることができない悩み、弱まりゆく体への不安。私たちはこうしたことに包まれて、そこから抜け出せないでいます。また、今日は東日本大震災から九ヶ月の日です。まだ数知れない多くの方々が困難の中に置かれています。原発事故の恐怖は世界を覆っています。
 でも、あなたはこのような私たちのところに御子、イエスを遣わそうとされています。そして私たちのためにこのアドベントの時を用意してくださいました。
 どうぞ私たちがその恵みに応え、体と心を主に向って開くことを得させてください。

 今日の礼拝を通して、御子イエスを恋い慕う心をより大きく、豊かにすることができますように。
 この礼拝に集えず、それぞれのところで祈りを合わせている友の上にも恵みと慰めがありますように。
 これからみ言葉を取り次ぐ先生をあなたの力で支えてください。
 
これらの言い尽くしません祈りと感謝、救い主イエス・キリストのお名前を通してみ前に献げます。 アーメン

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2011年12月 8日 (木)

HPをしばらくぶりに更新

先日信仰の友Sさんを天に送った。そのことはこのブログに既に記したが、何日かの記事を一つにまとめ、友との交流を振り返ってみた。まとめた記事は左欄の「こころの便り」に収めたのでご覧頂きたい。

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主に感謝

私は整理下手である。いつも机の上と言わずどこも本やらペーパーが山積みになっている。だから簡単な作業をするにもその基になる材料探しに多くの時間を費やし、なかなかことがはかどらないことになってしまう。
 
今朝は東北の信仰の友に電話すべく番号をメモした紙を探すことにまた多くの時間を費やした。テーブルマットをひっくり返していると懐かしい写真が次々と出てきて、それを眺めていたりしたものだからなおさらのことだ。
友は先週末救急車で入院したのだが病院から、お祈りください、と自ら電話をしてきたのだった。私は彼を知る知人や先日彼の講演を聞いた教会の友にどうぞ祈ってくださいとお願いした。
あれからどうなっただろう、と気にしつつ、彼の不自由さを考えると問い合わせる手段もなく気を揉んでいた。そして思いついたのが彼の働きの場所に電話をすることだった。
そして今しがた電話を入れると未だ彼は着いていなかったが電話に出た方から、もう火曜日から働いていますとの吉報をいただいたのだ。
重い障害を持っている彼には病院生活はきつかろうと心配していた私の思いはこうして安心に変わったのであった。
 
彼はやはり強い人だ。地震の後、家が傾き、長い間事務所で車椅子で寝起きしていた彼、講演を頼まれると、こんな私がお役に立てるなんて感謝以外の何ものでもないと言って出かけていく彼。主は彼を愛し、助けておられる。
 
10時半ごろ出勤するとのことだ。もうじき、ヤー、ヤーすみませんでした、と電話してくるだろう。
 (彼、などと表現したが「彼」は小生よりも年長である。また尊敬する人でもある)

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2011年12月 5日 (月)

疲れたぞなもし

未だ新聞にも目を通していない。今日はともかく忙しかったし、疲れた。
ようやく落ち着いたのでパソコンに向かい、誰に話すでもなく書き連ねたくなった。
昨日は教会の役員会が時間を取り、帰りがいつもより遅かった。そして今朝は病院。朝の準備も冬は暖房器具の確認に手間取る。病院では血液検査に先ず行き、その後歯科。そこでレントゲンを撮るように言われる。腕の痛みで診療台に乗るにも一苦労である。
その後、内科で肝炎の進行具合を検査結果を元に聞く。
会計やら次回の予約をして、タクシーに乗る。途中、薬局で薬をゲット。
帰宅後、介護タクシーの一ヶ月分の料金を精算。
今日はマッサージの来る日。それまでに昼食を済ませねばならない。冷蔵庫の中から適当に選んでレンジに入れた。
もう書くのもおっくうになった。後は省略。
こんな具合に、走れない身で「走りまわった」末ようやく今3時半になって自分のペースで過ごせることとなった次第である。
聞きたくもないことをお聞かせして申し訳ない。お陰で私は一息つけそうである。

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2011年12月 2日 (金)

美しいことば

島崎光正さんの奥様から一冊の本が届いた。「帰郷 島崎光正遺稿詩集」(教文社刊)である。この詩集は既に島崎光正さんが召天された翌年に出版されているのにどうしたのだろう、といぶかりつつ本を開くと、「帰郷 今月再版し好評のようです 島崎キヌコ」と書かれた紙片が出てきた。
懐かしい島崎さんに会うつもりで読み始めた私は、島崎さんの詩はなんども読んでいるはずなのに新しい人に会うような錯覚におちいり、先を急いで読み続けたのだった。これは私が日常において美しいことばからいかに遠ざかっているかを示していた。
 あまい長くないものを一編ここに採らせてもらおう。
 
 私の中の

私の中のザアカイを見つけ
主は呼びかけられる
 (早く下りていらっしゃい
  今日、あなたの家に泊まることにしているから)
野火止用水のほとりの
いちじく桑のしげみにかくれ
ひそかな のぞき見の私は
にわかに
縮んでいた身を晒そうとする
立ちどまった影の
ブランケットのような
約束に向って
 (野火止用水は、東村山市を流れる用水である)

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