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2011年11月 7日 (月)

永眠者記念礼拝を献ぐ

この世で信仰生活を送り、今は天にある友を記念して行う礼拝「永眠者記念礼拝」が昨日あった。妻の姉が痛む膝を抱えながらやってきてくれたし、娘夫婦も高速をとばして参加した。
会堂にお花が満ちる中で礼拝は進んだ。
聖書は創世記28章10節から22節とヘブライ人への手紙11章13節から16節。創世記はヤコブが父から祝 福をいただいた箇所である。ヘブライ人への手紙は以下のところだ。
 
この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。
 
この聖句を告げる説教に私は胸の熱くなるのを禁じ得なかった。それは召された者への親しみの増幅であったし、またこの世に生きる自分へのよきメッセージへの感謝故であっただろう。
礼拝後共同墓地に献花をしたのだが、そこには既に一人の兄が用意した見事な菊が準備されたいた。

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