« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月30日 (水)

ヒカちゃん、入選

食卓の上に賞状が丸めて載っていた。開いてみると、「入選」の文字が目に飛び込んできた。その理由はこうある。
「身体障害者福祉のための第53回埼玉県児童生徒美術展覧会に出品されたあなたの作品は審査の結果頭書の成績をおさめたのでこれを賞します」
あれ、ヒカちゃんがまたやったな、と私の顔はほころんだ。また、というのはヒカちゃんは交通安全やら自然保護やら火災防止などいろいろなポスター展に入選するからである。
「どんな絵なのかじいちゃんに見せてよ」と言うと「まだ返ってこない」とぼそっとヒカちゃんは答えた。
6年生になって最近は私とほとんど口をきいてくれない。他の家族とはしゃべっても私はそっちのけである。
だが、今度の作品は私の存在がなんらかの影響を及ぼしているのではないかと思うと、そんなところでつながっているヒカちゃんがまた可愛くなったのだった。

| | コメント (0)

2011年11月28日 (月)

友、逝く

S兄が召された。主の身許に往かれた。故郷に帰られたのだ。

その後帰宅を許されて3日の間ご家族と共に同じ空気の中で過ごし、顔と顔を合わせ、愛の交わりの時を過ごされた。
こうして主の最後のご配慮をいただきながら兄は昨日還って行かれた。
主の御名は賛美すべきかな。
 
S兄は東北大学の出身である。在学中恩師の宮田先生のご指導を受けてキリストに接したのだろう。
私が教会に行くようになって間もないころ、兄に誘われて仙台の郊外で持たれた宮田先生の主催する集会に参加したことを思い出す。その時私たちは兄が学生時代下宿していた家に泊まった。仙台という土地は学生を大事にする風土があるらしく、下宿のおばさんは兄はもとより私をも賓客としてもてなして下さった。
風呂は亜炭かなにかで沸かしていた。窓の外に緑が見える風呂場には独特の匂いが立ち込めていた。
まだ兄も独身の身。おばさんは結婚するときには布団を用意するからね、とも言っていたのだった。
 
長い間教会の青年会で働き、その後も役員として大切な役割を担ったS兄。晩年は教会には疎遠になっていたが最後を迎えたと知った時、主の御名を崇める教会での葬儀をご家族に依頼して旅立っていかれた。
 
彼の上に主の祝福がありますようにと祈ろう。

| | コメント (0)

2011年11月25日 (金)

御国へ行く人

朝早く旧友の奥様から電話があった。長く信仰生活を共にし、若い時には遅くまで池袋で語り明かした友Sさんが御国へ旅立ちそうだ、とのことだった。Sさんにキリスト教の葬儀を望まれたがどうしたらいいでしょう、と奥様はしっかりした口調でお話になった。
今、病院にはお子様二人と奥さんがおられて、兄が希望しておられる帰宅の準備をしているところだろう。
こんな時ブログに記事を書くのは早計かもしれないが一人で誰にも話さずにこの事実を抱いているのは私には耐えられないのである。
私は早速今はSさんも出席をしなくなってしまった、でも籍は残してあるし、会員の皆さんは祈りに覚えているT教会の牧師に電話を入れた。そして、奥様の希望をお伝えした。新幹線の中だという牧師はきっとふさわしい形で奥様に応えてくださるだろう。
 
主よ、兄弟を御愛のうちに守り給え、ご家庭の一人ひとりを支え給え。主に栄光がありますように。アーメン

| | コメント (0)

2011年11月24日 (木)

解く楽しさ 順列組み合わせ

競馬で一着馬を簡単に予想できれば苦労しないのだが、これがなかなか難しい。プロの予想屋さんさえ的中率は30%になど到底いかないのだから、趣味の範囲で遊んでいる者にとっては至難の業である。馬券を買うときには一頭だけでは見返りが少ないので、一着と二着を組み合わせることになる。そうするとまた困難度が増すというものだ。
そこで考えだされる次の手が数頭を選んでそれを組み合わせる買い方である。ただこの買い方は出費がかさむのであまり多くの馬を選んだら大変なことになる。例えば6頭選んでその2頭を組み合わせたら何とおりになるだろう。
そんなことを考えているとき、ふと高校時代に順列組み合わせというものを数学の時間にやったことを思い出した。Cの両脇に数字を書いて、公式に合わせれば答えが出るのだった。だが肝心の公式をすっかり忘れている。
尋ねる人も居ないので先程「高校数学 順列組み合わせ」とキーワードを入れて検索にかけた。なんといとも簡単に例題が出たではないか。懐かしい公式である。数問やってみたら全問正解であった。
数学はこうして正解なるものが用意されている。そこに楽しさもあるのだろう。
世の中、こうはいかないのが常ではあるが・・・・。

| | コメント (0)

2011年11月22日 (火)

11月句会

今秋も庭木刈り込む夫の背(せな)  ひさい
  鏡見ておはようと言う冬の朝    悠歩
     友帰る後姿や秋の暮       いく
     星の如飛行機行くや夜寒し  由美子
 
今月の兼題は「菊」だった。馴染み深い題故に難しかったらしく個性豊かな句は見られなかった。
自由題俳句。それぞれに生活臭のあるよい作に出会えて嬉しい。

| | コメント (0)

2011年11月21日 (月)

必要とされる幸せ

新聞に二時間浸かる冬日和
 
寒くなった。インフルエンザの予防接種にも行かねばならないが今日はやめておこう。
居間の温かな陽の中、たっぷり二時間新聞を読み、二枚の下着を干して書斎に入った。
今日をどう過ごそうかと考えた時、来週教会でクリスマス礼拝の案内を発送する準備をすることを思い出した。最近は奉仕者が少なくなって宛名書きも大変になっている。そこで宛名シールの使用を先日牧師に申し出た。これなら少人数でもできるし、空いた時間を同封する案内に寄せ書きする時間にも当てられるだろう。
今日はこの印刷をこれからやってみよう。
 
加齢と共に出来ることが少なくなり、自分の所在が不確かになってくるとき、自らつくり出したものであってもそのことで他人につくせることは幸せなことである。そう考えると、教会の役員会や司会、全国キリスト教障害者団体協議会の代表としての務め、これらも私を支える力になっているのだろう。
ふえんして言えば母や妻が私を身を粉にして私の日常を助けてくれた行為も二人にとっては生きる力になっていたと想像されなくもない。

 

| | コメント (0)

2011年11月17日 (木)

陽だまりの中で

111117_105001通用口で介護タクシーを待っている
表玄関が見える
さっき二人の娘さんに連れられた婦人が入っていった
ロータリーには樹木が数本
前と背後に自動ドアがあるその空間
リハビリを終えてここにいる
秋の陽が差し込んでいる
誰が置いたのだろう
老人用の手押し車が一つ
電動車いすに座って介護タクシーを待っている
手に持つお茶が温かい

| | コメント (2)

2011年11月16日 (水)

イレッサの毒性

肺がん治療薬イレッサを巡る裁判で国と企業側には責任がないとの判決が出された。新聞によると「副作用があるとしても、有用性があるイレッサに設計上の欠陥があるとは言えない」と裁判所は判断したという(朝日新聞)。
この記事の中で私が注目した言葉が「毒性」である。「従来の抗がん剤にほぼ必ず生じる血液毒性や消化器毒性、脱毛などの副作用・・・・」とあったのだ。医学上の定義は分からないが、一般的に考えれば、その薬の持つ否定的な作用、よろしくない働きであろう。
そう考えてよければ副作用などと言う用語よりも適格でわかりやすいと言えるだろう。
 
妻は治療の過程で放射線照射、摘出手術、鎮痛剤投与などあらゆる手段を講じた。抗がん剤では消化器系の毒性がもろに現れたし、精神活動にも毒性が働いているように見えた。
だが一向に快方に向かわないことを知ったとき、私はそれまで忌避していたイレッサの使用を医師に申し出たのだった。毒性の危険よりもその有用性にすがったのだ。だが、妻はこのイレッサさえ粒のままでは飲み込めなくなっていった。
 
今日も大学時代の友人からご主人の亡くなったことを知らせる葉書が届いた。毒性との闘いを経てもこうして人間の知恵を超えて人は召されていく・・・・。

| | コメント (0)

2011年11月15日 (火)

聖書と障害論

あなたたちは寄留者を愛しなさい。あなたたちもエジプトの国で寄留者であった。
 
この聖句は旧約聖書申命記10章19節にあるもの。神が人々に向って、あなたたちは寄留者を愛しなさい、とおっしゃってるその根拠はあなたたちも過去においてエジプトの地で寄留者だったではないか、その苦しみはよくわかっているだろう、というところにある。
過去において苦しみの中に置かれ、それを解かれた人々は現在苦しみを負っている人(寄留者)を愛しなさいという神の言葉を体をもって理解するであろう。
 
ここでふと思うのは障害を持った人たちと持たない人の関係である。しばしば言われることは「いつ障害を持つ身になるかも知れない」から障害者問題は自分と関わりのないことではないのだ、という論である。この論法の中には少し大げさに言えば強者の論理が含まれている。聖書の説得のように、弱さを身をもって知った者の愛に基づく連帯感こそが弱い人を生かすことになるに違いない。

| | コメント (0)

2011年11月11日 (金)

胸つぶれる知らせ

最初に学級担任をしたS君から喪中はがきが来た。表書きは筆ペンで急いで書いた筆致である。不安を感じながら裏面をひるがえすと、妻○○が亡くなりましたとあった。61歳の人生であったとのこと。
S君は中学生の時は三輪型の車椅子で登校してきていた。自転車の後ろに車椅子を付けたような代物で片方の手で脇に付けたペダルを回し、もう一方の手でハンドを握って運転するのだ。
高校に行くようになって松葉杖が使用できるようになり、やがて大学進学を果たしたのである。奥さんになる女性とはそこで知り合ったらしい。
結婚式には主賓として招かれ祝辞を述べた思い出がある。
彼は市役所職員となり何年か前には定年退職をしている。そのころから奥さんに咽頭がんが起こり、ここのところは筆談での会話だった。
松葉杖を使う生活とへいえ、奥さんに頼ることの多かった日々であったであろう。また、奥さんもきっと彼を支えながら教員生活を送ったに違いない。
その二人三脚の生活が中断されて一体彼は今どんな思いでいるのだろうか。再度葉書に目を通すと、亡くなったのはまだ先月の末であることに気づいた。こんなときになぜ喪中はがきなどを書いたのだろうと一瞬驚いた。
きっと彼は今、一人でじっとしていられないのだ。宛名書きの筆づかいに見えるように、妻が亡くなった、愛するY子が居なくなったと皆に言い回りたいのに違いない。
友よ、悲しかろう。淋しかろう。どうか耐えてくれ。来月には手紙を書くぞ。今、私には何も言ってあげられそうもないのだ。

| | コメント (0)

2011年11月 8日 (火)

ES細胞と原子力発電

今朝の新聞によるとES細胞で初めての治療が行われるという。新生児の肝臓障害を持つ事例に適応するとのことだ。まだ倫理委員会の承認を得るなどのプロセスが必要のようだが3年後の実施を見込んでいるらしい。
ES細胞とは人間の受精卵から造られる細胞である。人間の萌芽とも言うべきもの、言い換えれば神の創造する人、それを壊すことを経て生まれる細胞だ。
その辺には論じられなければならない多くの側面あがあるので一概に人間を壊すと否定的な表現をしていいのかどうか疑問も残るが、少なくとも人間が主人公になって生命の誕生前後の過程に割り込んでいくことを肯定しようとしているとことは確かである。
一体、人間の知恵で、「人を救う」とか「豊かな社会の創造」とか言いながらどこまで神の秩序を転換していこうとするのだろうか。
神は天地と生きもの、人間以外には創造なされなかったのに、人は原子力を形作ってしまった。ES細胞と原子力、この根底には人が創造主になろうという問題が横たわっている。

| | コメント (0)

2011年11月 7日 (月)

永眠者記念礼拝を献ぐ

この世で信仰生活を送り、今は天にある友を記念して行う礼拝「永眠者記念礼拝」が昨日あった。妻の姉が痛む膝を抱えながらやってきてくれたし、娘夫婦も高速をとばして参加した。
会堂にお花が満ちる中で礼拝は進んだ。
聖書は創世記28章10節から22節とヘブライ人への手紙11章13節から16節。創世記はヤコブが父から祝 福をいただいた箇所である。ヘブライ人への手紙は以下のところだ。
 
この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。
 
この聖句を告げる説教に私は胸の熱くなるのを禁じ得なかった。それは召された者への親しみの増幅であったし、またこの世に生きる自分へのよきメッセージへの感謝故であっただろう。
礼拝後共同墓地に献花をしたのだが、そこには既に一人の兄が用意した見事な菊が準備されたいた。

| | コメント (0)

2011年11月 4日 (金)

寝坊の朝

目覚まし時計が鳴っているのはおぼろげながら聞いていた。いつも5時半とか、あるいはその近辺で目が覚めてしまうから目覚まし時計は不要なのだが、寝室に仲間が居るような思いがあって妻が居た当時のままに置いてあるのだ。6時20分になるとカッコー、カッコーと70回ほど啼くのである。

さっきカッコーが聞こえたなぁ、と思いつつ明かりをつけると驚いたことに時計の針は7時20分を指していた。よく寝た、珍しくよく寝た、そんな満足感が重く体に満ちていった。どうせ若い者はいつものように朝食をテーブルの上に置いて出かけるだろう、一人で食べるには変わりないのだから冷えたままでもいい、ゆっくり起きよう、そんな開き直った自分がそこにはあった。
でも今朝に限ってなぜこんなに寝坊できたのだろう、そういつもの説明癖の心が頭を持ち上げてきた。昨夜は三男が娘を連れて来てしばらくぶりに家族の会話を楽しんだ。それに妻の兄夫婦が今度の聖日に行われる召天者記念礼拝に来られないからといってわざわざ東京からた訪ねてもくださっていた。その濃い人間関係の中にどっぷりとつかれた満足感、安心感が私を深い眠りに導いたのかも知れない、これがたどり着いた解釈だった。

不幸は思いがけないときにやってくる。ふと今日が金曜日であることに気づいてしまった。先週捕まえ損なった灯油売りの自動車がやってくる日である。8時には家の前を通る。こうしてはいられない。私はひげを剃ることもせず、急いで洋服を身支度にかかったのだった。

| | コメント (0)

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »