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2011年10月

2011年10月31日 (月)

苦しみに寄り添う聖書

帯にこう書かれている。「人生の悲惨が豊かな実りに変わる」。
その本は先日幻冬舎から出された「超訳 聖書の言葉」(白取春彦著)である。まだ読み始めたばかりだが、と言ってもこの本はペイジを追って読み進めるような本ではなく、一ペイジ毎に何処をとって読んでもよい本だから読み始めでも感想は書けないことはない・・・。
なるほど帯にあるように全ての出来事のその向こうには神様がおられることを伝える本であると言ってよさそうである。
その神は愛の神であると著者は言う。前書きの一部をここで引用する。「たいがいの人は、聖書という名前を聞くだけで、中にはご立派なことや真面目な教えがたくさん書かれているのだろうな、と勝手に想像している。その想像や思い込みを本書はことごとく打ち破るだろう。
聖書に記されていることは真面目な教えどころか、人間の愚かさがほとんどである。そして、愚かな人間に対する神の愛が夜空の星のようにきらめいている。その愛の表現がさまざまな文章で綴られているのである。(本書5頁)
聖書を近寄りがたい書物と考えている方に本書は新しい理解をもたらすだろう。

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2011年10月28日 (金)

一日の始まり

MLBがワールドシリーズ覇権を争っている。レンジャーズがカーディナルスに一戦勝ち越して今6戦目だ。温かな冬の陽がいっぱい入る居間でこのまま観戦していてもいいのだが、書斎に移って今日の活動を始めることにした。
 
昨日の不安感はだいぶ和らいでいる。あの症状は利尿剤の副作用かもしれないと自己判断しここしばらく中止して様子をみることにした。
 
今朝の新聞に櫻庭信之先生の死亡広告が載っていた。経歴欄には「東京教育大学名誉教授・英文学」と記されている。95歳だそうだ。
学生時代この先生に英語を学んだことがある。一般教養の単位取得のためだったが懐かしい思い出である。床には油が染み込んだ木造二階建ての二階校舎で体育学部の仲間たちと何をテキストにしたかは忘れたが英語を読み、英文を綴ったのだった。21歳で大学に入った私だったので当時先生はまだ40代だったことになるが、控えめな態度で黒板の前に立っておられた記憶がある。
記事は一瞬私を良き時代に連れ戻してくれていた。
 
今日もこれから主の恵みを受けて休みの時間まで一日を送ることにする。
 

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2011年10月27日 (木)

お昼食べたよ

最近朝のうちはどうも調子がよくないんだ。頭の中が真空状態で、もしかしたらふらついて倒れないかしらとまで思ってしまう。
今朝もね、顔は火照るし、食欲もないし、よくなかった。でもそんなままでいるとなお心配になるからいつものとおり作業を始めたんだ。教会一日研修会でHさんが話してくれたテープを起こすこと、それを音声入力ソフトを使ってしばらくやった。案外早く終わってさ。
それから予定してあったカインズホームでの買い物に移った。出かけるので利尿剤も今朝は飲まなかった。
道を車椅子で走っているときにもボーとした状態は継続していたよ。しばらくぶりに行ったカインズホームはすっかり模様変えされていて品物を見つけるのにとまどったけど、封筒、インク、ラベル用のシート、乾電池などを買って持っていった膝の上のカバンに入れて出てきた。
ロッテリアに回ったのはその後。テリヤキバーガーと鶏そぼろバーガーを買って、人通りの少ない舗道を初冬の日を浴びながら帰ってきたよ。
今しがた、牛乳を飲みながらバーガーを食べようとしたんだが冷蔵庫の中には牛乳がなかったのでコーヒーで食べ終わったところだよ。(二つはちょっと多すぎたけどね。)そしたらね、なんだか少し調子良くなって頭もすっきりしてきた感じなのさ。そこでこうして君に報告する気になったというわけ。
あちこち気になるけど気候の変動が激しいからだと思って、やっていくね。

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2011年10月24日 (月)

めぐり合い

教会では神学生を覚えて祈り、支援する日がある。その一環として昨日は神学生を招いて御言葉を取り次いでもらう礼拝を設けた。
普段は東京の聖書神学校で学んでいる4年生のSさんがはるばる二時間をかけて来て下さった。いつものように先生の車に迎えられて教会に着いた私は願い出て礼拝前の説教者と司会者の祈りの場に参加した。そしてSさんがこれからの神への奉仕の道を神様の守りの下に過ごさせてくださいと祈ったのだった
 
礼拝が終わり帰りの途、Sさんも先生と共に来て下さった。車の中でSさんの生活を伺ってみるとご主人は富士市で牧会をしているという。富士市には私が教師になって二回目に担任をしたOさんがいる。彼女も教会に行っているはずである。もしやと思って、O・Kさんという方はいらっしゃいませんか、と問うと、「あゝ、奏楽をしているOさんかしら。60歳くらいですか?」とのこと。私が28歳で彼女は中学1年生、その年令だ。
神学校に依頼してたまたま派遣してもらった神学生の教会でOさんが奉仕をしているとは!
車から降りて、牧師と帰っていくS神学生に私は「Kちゃんによろしくお伝え下さい」と思わず言ってしまった。60歳のご婦人も私にとってはあの快活なKちゃんに違いなかった。

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2011年10月21日 (金)

成績の悪い子の人格

夜中まで英語の試験勉強に付き合ったので眠い。11時を過ぎた頃には疲れが出て、ビールをちょっと呑まないと継続しないありさまだった。
中学3年生の孫が今中間試験中なのである。現在完了形や不定詞の用法などが試験範囲だが普段はテニスに夢中で勉強は全くしていないから一夜漬けの勉強は大変である。「30点採れたらいいな」と本人が言うくらいだから実力の程は想像されよう。
同じ事を何度も聞きながら、それでも孫は英語を孫なりに一生懸命に学んでいた。11時半を過ぎるともう試験範囲を全部カバーできないことがわかったらしく、社会科の勉強に移るというので母親にバトンタッチして私は寝床に行くことにした。
何点の答案が返されるか気になるところだが、孫は何点でもそれにとらわれることもなくまたテニス中心の生活を快活に続けることだろう。母親も友達のように付き合いながら大事に彼女を守っていくに違いない。
 
成績が悪い子とは学校での教科を中心に見た子どもの評価であってその子の人格とは区別して考えるべきことである。全人格のそれは一側面に過ぎないのだ。成績が悪くても子供は学校生活を享受していることが多いのである。
最近大阪府の教育委員会の教育観が新聞などで散見される。それは格差を肯定し、学力中心主義の教育観に基づいたもののようである。
ここでは母親が大事にその腕の中に抱える存在としての子供、自分なりに自分を肯定して生きている子供はどこに自らの居場所を造ったらいいのであろうか。
 
不況などで社会が不安定になるとなにやら恐ろしいものが台頭してくるから用心しなければならない。

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2011年10月20日 (木)

大場久美子さんとパニック障害

「徹子の部屋」に大場久美子さんが出ていた。笑顔で徹子さんと今度結婚したことなどを話していたが、その笑顔のままで御自分のパニック障害について話しだした。
8年間その病気で苦しんだという。突然心臓が苦しくなったり呼吸ができなくなってしまうらしい。
原因は何かという徹子さんの問に、まだはっきりしたことは分からないと久美子さんは答えていた。そして久美子さんの場合は飛行機に乗るとか、(あと何と言っていたか忘れたが)、閉塞感を感じる状態になると起きるとのことであった。デパートでレジ待ちの時も怖かったという。その列から勝手に出られないからだ。
私は彼女の状況がよく分かる気がした。世の中の常識、しきたりに忠実に従う人なのだろう。レジから簡単に抜け出せないのだったろう。
私も心療内科に通院したことがあるから不安とかパニックということは知っている。私は今でも電車やタクシー、あるいは他の人の運転する車は苦手である。映画館などの大勢の人が集まるところはなおさらのことだ。
子供の頃からトイレは他人に依存することが多かったからトイレには過敏になっていた。人様に迷惑をかけてはいけない、そのことが脳裏を離れなかったのだ。
他人の車、劇場、どちらも私が要求を満たそうとすると他人の流れを乱すことになる、そんな思いがあったのだ。
他人に打ち明けると、そんなこと気にすることはないよ、と必ず言われる。それでもパニック障害の人にとっては閉塞、閉鎖状態はきつい、きつい環境なのである。
久美子さんはまだ徹子さんと楽しそうに話しているのだが、私は仲間を得たことを書こうと思ってパソコンの前に来てしまった。

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2011年10月17日 (月)

メモに残っている俳句

鏡見ておはようと言う冬の朝
母逝くと教え子メール秋侘びし
柿の実や逢うたび化粧濃くなりぬ
秋の日の少年野球に声多し
故郷を歌う千さん陸奥の夏
ごつごつとリンゴ剥きけり独り者
新米のむすび広げて句会かな
 
俳句ができると直ぐに携帯電話にメモする。最近はとみに忘れやすいからだ。どの俳句も私の生活の真実。佳句、駄句は問うまい。

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神様朝をありがとう

夜が明けてカーテンが白くなってきました。ベッドから朝の祈りを捧げます。
今日の一つ一つの出来事の上にあなたが臨んでくださいますように。
一緒に朝を迎えた一人ひとりを見守ってください。
今日は介護認定1になったことに伴って新しいケアマネさんが来ます。よい話し合いができますように。
イエスの名によって祈ります。アーメン

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2011年10月14日 (金)

フクロウが大挙やって来た

Img_0652 我が家がフクロウでいっぱいになる。妻の記念のテーブルの上も玄関もまた寝室も。
姪が海外旅行の添乗員として出かけるといつもフクロウを探して買ってくれる。
今日も私の昼ごはんのおかずなどと一緒にそのフクロウ軍団がやってきたのだ。梟展示館に収めたのでご覧頂きたい。

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2011年10月13日 (木)

病む二人の友へ

ニュース9が終わるともう見るべき番組もなかった。床に入るには早い。蛍光灯の下、私は机に向かって手紙を書くことにした。
一人は前立腺がんで自宅療養をしている友だ。教会で青年時代から親交のあった友だが最近はめっきり元気をなくしている。
もう一人は痴呆の進んだ方が多く入院している病院で生活している職場時代の友である。会話が恋しくてよく電話してくるのだが、幾多の制限を受けていることが辛いらしい。
書きながら私は恋人に手紙をしたためているかの如き痛さが自分の中に湧いていることに気づいていた。
 
Sさん、虫が鳴き、月が美しい季節になりましたね。虫の声に耳を傾け、空を眺める日を送っていますか?
Sさんは御自分の中に確固としたものをお持ちの人として私はいつも一種の尊敬心を抱いていました。
今はつらい時をお過ごしでしょうが、兄は立派な時を刻んでいたのです。
どうぞ御自分を大切にして、毎日を生きてくださいね。
もっと気楽なことを書こうと思っていたのにこんな手紙になってごめんなさい。また電話しますね。
 
夜10時半です。
もう寝てしまったかも知れないHさんのことを神様に祈りながら手紙を書いています。
神様、どうぞHさんを守ってください。神様は一人一人を愛してくださって、決して粗末になさらないことを私もHさんも心から信じることができますように。
明日の朝までの眠りの時を守ってください。そして、明日も一日が神様の大切な日としてHさんと私の上に与えられますように。イエスの名によって祈ります。アーメン

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2011年10月11日 (火)

援助を受けて礼拝へ

腕の痛みが出て運転ができなくなってから礼拝出席はもっぱら牧師と教会の友の助けで行われている。
9時半になると私は玄関を出て先生の車を待つ。既に家の近くの農協の駐車場に着いている友が私の姿を見つけて寄ってきてくれる。
先生の車が止まるとまず電動車いすから自動車に私を乗せる作業にかかる。電動車いすのアームを上げたり、フットレストを外したりしてから先生と友の力で車に引き上げるのだが自分の力で動かない足を車の中まで収めるのは一苦労である。
先生は教会への道、いつも世間話をしてこの送迎の作業をごく当たり前のように毎週行ってくれているのである。友も教会より更に遠くの町からやって来て、持ち前の笑顔を絶やすことがない。
 
牧師や教会員の助けで礼拝出席を続けている友は私だけではない。かつて浦安教会が揺籃期にあったとき、K牧師も重度の障害を持つH夫妻を迎えていたのだ。当時教会は牧師夫妻とその母、他に2、3の会員しかいなかったからH夫妻が都合で欠席すると礼拝を家族だけで守ることもあったらしい。だからH夫妻は大事な礼拝の守り手であって、現在の教会の大事な隅の石になられた方なのである。先生の車による援助がこうして伝道に用いられたというわけである。
 
OD兄も同様にして礼拝出席を守られている。先日の集会で彼はその援助が教会の業として行われていると語った。仕事の関係で礼拝出席ができないときにもある友は彼を教会に届けてから職場に出向いたと証しした。
 
神様はこうして弱い者を助け、力ある者を用いてその御業を現されているのだろう。

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2011年10月 9日 (日)

天国の結婚記念日

妻が召されて3年。天国と地に分かれて45回目の結婚記念日を迎えることになった。
 
今日は快晴の良い日だったがあの日も秋の日差しがいっぱいに降り注いでいた。勤め先の学校は運動会だったので同僚は来られなかったが教会には大学時代の友人、妻の教会の兄姉その他大勢の列席者がそろったのだった。
式が終わって会堂を祝会用に模様替えする間、教会前の狭い道で大学の指導教授、勤め先の校長、それに友人たちが思い思いに語らっている姿が今でも鮮明に思い出される。
 
妻の親族には反対さわりれての結婚だったがやがてそのわだかまりも解けて、二人は42年間、懸命に生き通してきた。特に妻は4人の子どもを育て、私の手助けをし、料理や主婦の務めなど、あらゆることで手を抜くことなく働き詰めの毎日を送ってきたように思う。
 
定年を迎えてから私がキリスト教団体の役員をしている関係で全国各地に出かけるとき、妻は必ず付き添ってくれたから二人の旅行の回数は急増した。そんな時彼女は二人分の荷物をリュックサックに詰めて出掛け、帰りには土産をいっぱい買ったものである。
 
そうして平穏に過ごしていたのに、神は43回目の結婚記念日を家で迎えることをお許しにならなかった。
 
今夜はケーキもなく、誰からも祝いの言葉を掛けられず、一人天を仰いで神様と妻を見上げて感謝の祈りを祈ろう。

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2011年10月 6日 (木)

リスの走る野球場

今日は小沢さんの裁判があるそうだ。新聞には小沢さんの政治歴が載っていて、金丸さんや田中さんの金権体質にどう関わってきたかを紹介していた。
原発に関わることでは税収入2億円の町に8億円の温浴施設が電力会社によって建設されるという記事もある。
一方では人間の卵子に他の人の体細胞の核を入れて、万能細胞に似たものを作り出したアメリカの科学者の研究成果が一面に大見出しで載っている。どれにも首をかしげながらいるとき、つけっぱなしのTVでは微笑ましい光景が映り出されていた。
MLBの優勝をかけた大事な試合の真っ最中、ホームベースの前を一匹の小動物が横切っているのだ。一塁側のダッグアウトの方から出てきて、構えているキャッチャーの前を元気よく走り、三塁側に抜けていった。
アメリカの放送局にはいつも感心するのだが、この光景を何台ものカメラが追いかけて、右から左からヒョイヒョイと走る姿を捉え、再現してみせたのだった。
どうもそれはリスらしのだが、大きな球場の近くにはまだリスが住む環境があるのだろうか。なんとも微笑ましい光景であった。
人間様の驕り高ぶった知恵と関係なく、その命を楽しんで、球場にまで足をのばしているリスの姿にほっとさせられた一時であった。

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2011年10月 3日 (月)

病院で読んだ一首

今日は朝から病院。待ち時間の長い病院だ。
その待合時間に持参した新聞(朝日新聞 10月3日)で読んだ短歌一首。
 
木に木の実草に草の実抱かせて秋はまあろきものらを愛す 美原 凍子
    (朝日歌壇より引用)

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2011年10月 1日 (土)

ネットショッピングの心配事

万年筆が他の筆記具とごちゃ混ぜになって眠っている。ボールペンのあの紙の上を適当に撫ぜていく感触に不満を持っている私はもう一度万年筆にご登場頂こうかという気になってネットでカートリッジを注文した。近くの文具店には置いてないだろうし、また買いにも行けないからだ。
昨日、届いたカートリッジを早速万年筆にはめて書き心地を試してみた。ところがである、インクがさっぱり出てこないのだ。ペン先が乾いてゴミが詰まっているのかとぬるま湯で洗ってみたが変化がない。何度も差し替えてみたがさっぱりである。
メーカーに問い合わせてみようと思い、万年筆の型番を調べるべくルーペで覗いてみると、なんとパイロットではなくPARKERではないか。これだは届いたパイロットインクが出ないはずである。300円ほどの品を3個取り寄せたのだが返却するにはまた500円以上の送料がかかる。どなたかに使っていただくことにして、直ぐまたPARKER用のカートリッジをネットショッピングしたのだった。
こんな失敗もあるのだが、ネットだと直接代金を払わないからついつい買い物をしてしまう。最近は孫の手の便利な商品を買った。先端部分を交換すると薬を背中に塗ることもできる品物である。現在到着待ちのものはレンジで焼き物ができる皿。これがあれば簡単なおかずが昼に用意できるだろう。
せいぜい34千円の買い物だ。欲しいものに出合ったら楽しんでオーダーしよう。

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