« セミが掴めない子 | トップページ | 友の励まし »

2011年8月14日 (日)

礼拝出席の喜び

一か月ぶりの礼拝出席だった。会堂に集い、司会の読むみ言葉をそこに集うあの人、この人と耳を通して聞き、声を合わせて賛美する。これは恵み違いなかった。

昨夜は礼拝に行けることを思うと、誰に会えるだろうと友の顔が次々に浮かんでは消えた。遠足前の子どものように心が浮き立っていた。
1時間前に先生とS兄が車で迎えに来てくれた。二人に抱えられるようにして車に収まり、電動車いすを少し畳んで後部に載せた。
 
礼拝開始を告げる鐘の音が今朝はいつもの朝より長く街に響いた。
説教では神は艱難の中で救いを先立たせるというメッセージが伝えられた。バビロン捕囚には先立つエジプトからの脱出があったのだった。
 この世の苦難、これに先立つ救いの恵みに与っている自分を確かめながら、生きることを確認させられた礼拝出席であった。 

|

« セミが掴めない子 | トップページ | 友の励まし »

「信仰」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« セミが掴めない子 | トップページ | 友の励まし »