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2011年8月17日 (水)

有り難い、という認識

昨今は「ありがとう」をあまり聞かなくなった気がする。電話を取り次いでも、配達物を受け取ってあげても、当然のごとく引き取るだけである。自分の子どもの世話を人様に頼んでも帰ってきた子どもを出迎え、相手に顔を合わせてお礼を言うことも少ない。

このような態度に対する違和感は何処から来るかと考えるときに、ふと思うのは「有り難い」、すなわち、そのようなことはなかなかありえない、と認識することが現代では稀になった故だろう。子どもの世話の例で言えば、少家族性になり他人への依存度が強くなり、それが当然のこととなってしまった。いちいちお礼など言ってはおられないというわけである。子供は家族の責任で世話をするという意識は過去のものとなったのだろう。
とは言え、一つ一つの出来事を、ありえないこととして感謝を持って受け取る心は失いたくないものである。

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